日々の活動で最も重んじている言葉は「大義」。
「大義」とは、私心無く、公の為に誠を尽くし、自らの節に殉じる事と考えます。
昨今を見渡すに、余りにも私心にまみれた人々を多く見かけるにつけ、こんな事ではならない、と尚一層に信念を強くするこの頃です。

楠木正成が大楠公、その息子の楠木正行が小楠公と呼ばれますが、私は大楠公三男・正儀からの血脈で正成から数えて第25代目の末裔に当たり、幼い頃から父に連れられ、湊川神社の神事にも参列したりしておりました。
父は海軍軍人で、年の離れた、大正生まれの父でした。
私は、大東亜戦争の頃の日本について、教育勅語についてなど、父から沢山の実体験を聴いて育ってきました。
ところが、中学生のときに学校で受けた歴史の授業は、父から聞いていたものと全然違う内容でした。「父からウソを教えられていたの?」と、思いました。
例えば、従軍慰安婦の授業が、印象に残っています。社会の先生が、韓国人の方でした。その先生が授業の都度作って配布されるレジュメ資料には、従軍慰安婦の証言や写真が載っていました。日本兵が従軍慰安婦の首を鍋で煮て食べたとか、お花を摘んでいる女児を日本兵が連れ去ったとか・・・。
そのような授業が何回もあり、中学生だった私は、衝撃を受けました。授業を受けていて気持ち悪くなりました。
「日本人であることが恥ずかしくなった」と言い出す同級生もいました。
従軍慰安婦問題については、捏造であったことが、今では明らかとなっていますが、当時、まだ中学生だった私は、先生の言っていることを信じてしまいました。特に、学校の教科書の文字や写真などといった活字には信じさせる大きな魔力を有しているものです。
私は、父に問いただしました。
「日本兵は、韓国人に、従軍慰安婦に、こんな酷いことをしてきたのですか?」と。
父は、激怒して、その時ばかりは初めて殴られた記憶があります。
「そんな歴史はウソだ」
「命をかけて家族を守るという想いで戦争をしていた」
「亡くなった戦友たちも同じ想いだった」
「そんな授業を信じるなんて、私の娘として許せない」
非常に怒られたのを今でもつい昨日のように覚えています。
その頃から、父と戦争の話をする事が家庭内でのタブーとなっていきました。

後にネット等の普及によって歪曲された歴史からの呪縛が解け、父から海軍時代の経験談を聴きたいと思うようになりましたが、父は老齢の為に病気になり、当時の真実の声を身内に伝える事なく、2年前に亡くなりました。
父から戦争についての実体験にもとづいた真実をきちんと聴くことができなかったことは、今でも後悔しています。
以上が私の原点です。

5年前、正しい日本の歴史を知り、後世に正しく伝えていくべく「一般社団法人 楠公研究会」を立ち上げて以来、先祖楠公の事蹟顕彰のみならず、日本の正しい歴史を、真実の声を聴き伝えるための活動を行っています。

戦争を知る人が減り、嘗ての戦争が忘れ去られようとしています。
例えば、各地の護国神社の遺族会を継承する人が減っています。
戦没者の子孫は、子であれ・孫であれ・曽孫であれ、皆、遺族です。
遺族はおられるのに、護国神社を継承する人が減っている一因として、大東亜戦争のすべては日本が悪である、という間違った歴史認識、即ち、自虐史観があるのでしょう。こんな日本でいいのだろうかと思います。
首相が、公的に靖国神社を参拝できず、外国の目を気にしていることにも言えることです。
〝やすくに〟という言葉は、古代から日本人が詠み続けてきた「大祓祝詞」に登場する言葉で、「平和な国」を意味します。
靖国神社は戦争を賛美している、と誤解している日本人がいるのです。
靖国神社は、かの自存自衛の戦争で国家国民を守るために命を捧げられた方々へ、感謝を捧げ、その遺徳を偲び、慰霊の祈りを捧げる神社です。
戦争を勧めている神社では決してあり得ないのです。こう説明すると、左の方からは「右翼」だと言われます。
「右翼」とは一般的に、街宣車を大音量で乗り回しなどしている一部の人たちを指す用語ですので、私は当然「右翼」ではありません。左の方から見れば、中央は、右に見えてしまいます。
私は、古代からずっと変わらず継承されてきた日本のあり方に重点をおいて、歴史を見るようにしています。
私は、ど中心・ど真ん中。
私は、どっちにもぶれないという強い信念を持ち活動をしています。

イタリアンレストランでイタリア国旗、フレンチレストランでフランス国旗、アメリカンなカフェでアメリカ国旗が掲げられていても、日本人は何らの違和感も感じず、それどころか、オシャレにすら感じるのではないでしょうか。
一方、万一、日本料理店で日本国旗が掲げられていればどうでしょうか。
この問いかけに対して、多くの人々が「違和感を感じる」と答えます。
自国の国旗に対するこの独特の自虐的感覚は、世界広しと雖も、日本人だけだと思います。
日の丸に対する日本人のこの感覚だけを見ても、日本人が戦後GHQによる占領政策によって洗脳されてきたことがわかるのです。

敗戦後のGHQの占領政策「WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)」によって、日本の歴史は意図的に捻じ曲げられましま。
戦後76年も経過すれば、2代の世代交代が起きています。
敗戦に伴う占領支配を境に、世代間の歴史継承が分断され、間違った歴史が真実とされてしまいました。歴史は、過去の真実です。そして、真実は、一つしかありません。
歴史は繰り返します。
歴史学の本義とは、正しく歴史を知り、正しく後世に伝えることにより同じ過ちを繰り返さぬよう、未来に生かすことにあると認識しています。しかし、間違った歴史認識の保持は、未来において、過去と同じ過ちを繰り返すという危険性をはらんでいます。
だからこそ、私は、真実を突きつめていきたいと思っているのです。

失うことは簡単であり、そして、一瞬で失われます。
しかし、失ったものを取り戻し復活させることは非常な困難をともない、多大な労力と膨大な年数を要します。
国家と民族にとって、決して途絶えさせてはいけない「哲理」があるのです。
日本は天皇を中心として営まれる国家です。それは武家政権によって幕府が布かれた時代でも同様です。「国體」という言葉を、左の人は嫌います。
一方で、右の人の中には、安易に特攻精神に直結させたりなど、国體の本義を十分に理解できていない人もおられます。
そもそも国體とは、初代・神武天皇から連綿と続いてきた一定の決められた、永遠の法則的哲理を指します。
この法則的哲理を後世に繋げていくことが、我々の先人に対する報恩であり、子孫に対する責務と考えます。
日本は、和の国であり、倭の国ではありません。
先人たちは、和を保つことに尽力され、その努力によって日本の国體が確立しました。
最近、男系天皇・女系天皇といった皇位継承問題が取り沙汰されていますが、一度よく考えていただきたい。
日本人の多くは、その血脈を遡れば皇室に辿り着きます。
もし、男系継承の法則を崩してしまえば、天皇に就こうとする争いを誘発する恐れもあります。
男系天皇はずっと守られてきたひとつの法則です。
そして、この法則こそが、争いのない平和を重んじた国家哲理、すなわち「国體」なのです。

戦後に、家父長制度が廃止されましたが、その結果、今では遺産相続や、親の介護の問題が頻発、混乱しています。
日本の国體の理念は、恒久平和のために必要不可欠のものと考えます。

楠公研究会に入会される方は、どちらかと言えば右の方が多いです。そして、会で国體について勉強されていくにつれて、うわべだけの右のメッキではなく、さらにその最奥にある、日本人として在るべき哲理の真髄を追求することに向かわれていきます。

國體に於ける男女の在り方についてもよく訊ねられます。
それに対して、いつも私は以下のように解答させて頂いています。
元来、男として生まれたからには、男しかできない本懐があるはずです。本懐が無くして、男としての誇りを保てますか。
男性には男性としての誇りを持たせて差し上げるべきです。当然ながら、男性は子どもを産めません。一方で、女性は、生まれながらにして女性だけに与えられた出産という本懐があります。
では、男の本懐とは何なのか。それは、「命を懸けて女性・家族・大事な人を守ること」です。
男性の本懐たるこの部分に、女性が侵食することほど、男性に対してむごい仕打ちは無いと考えます。
戦争末期の特攻隊について、よく「天皇陛下万歳と言って飛び立った」と言われることもあります。
私は、子どもの時に、父から実体験として、「大東亜戦争末期、アメリカが日本本土に上陸すれば、家族が虐殺される。特攻で出撃した戦友は皆、家族や大切な人々を守るために飛んで行った」「命を懸けて家族を守り大事な人を守るということは、ひいては国家を守るということ、それこそが男として生まれ男として死ぬ、〝男子の本懐〟であり、男としてこれほど誇れることはない」と、度々聴かされました。

現代の行き過ぎた、歪な男女平等観念の中で、男にしかできない事とは何かあるのか、と思い悩む男性は多いと思います。
男性には誇りを、女性にはわきまえを、と声を大にして申し上げたいです。
歪な男女平等観念をこのまま突きつめていけば、映画『タイタニック』で男性が女性のために死んだのは男女不平等な映画として見られるべきですし、例えば、家に強盗が入ってきた時に、真っ先に父親が逃げたとして、その行いは男女平等として恥じる事ではない、となります。
オリンピックでも、男女を分けているのは男女不平等になってしまいます。
正しい男女の観念とは、男女の性差を重んじた上での、人格上での平等であるべきで、性差を無視した男女平等の断行は、社会に無理を生じさせます。
女性にとって、出産は、約10ヶ月もの間、また、出産してからも育児で、男性には到底理解できない大変な苦しさがあります。
妊娠や出産をしてから、「妻がかまってくれない」と言う男性を時に見聞きしますが、そのような男性には、不平・不満を言われるヒマがあるならば、女性が安心して子育てできる環境づくりに努めてと言って差し上げたいです。妻が妊娠中に働き、それを男性が「当然だ」と思っているのも良くないと感じます。

戦後の日本企業の在り方にも問題を感じています。
従来の日本の企業は、社員だけなくその家族も面倒を見るというものでしたが、企業理念の多くが欧米化されてからは、企業は働く個人と契約しているのであり家族と契約していない、という考えが常態化しました。結果として、扶養者控除・年功序列・終身雇用といった日本的企業のあり方が無くなりつつありますが、このままでは社員の愛社精神も薄くなるし、少子化にもさらに拍車がかかります。
戦後、欧米に憧れ妄追してきた成れの果てが現代日本の有り様なのです。
これらは、国が国策として解決していかなければならない、重大にして喫緊の課題だと考えます。

「何を目的として活動をしているのか?」との問いをよく頂きますが、私は何かを目的として國體護持及び楠公顕彰の活動を為しているのではなく、國體護持と楠公顕彰そのものが私にとって「生きる」という事である事も併せて申し上げる処です。

以上、ふと思い立ちましたので、自身の回顧とさせて頂きます。