早く大阪へ行きたい私と職場






関東へ帰って来てからも大忙しだった。


気持ちは固まったものの課題が山積みだ。












・いつまで今の職場で働くか


・兄の家に住むのか?


・新たに家を借りるのか?

(借りれるのか?)






〜職場の上司との話し合い〜







まずは上司と話すことにした。


2日間での面会であった事。


全てを嘘偽りなく話した。












すると上司は「〇〇さんはどうしたい?」

と聞いてくれ、



また時間を作ってゆっくりと話を

してくださる事になった。














その日の内にゆっくり話をしてもらった。





昔の話や、生い立ちなんかも


聞かれるままに喋れる範囲で話した。








もちろん入居者さんも大切だけど


兄と過ごせる時間を大事にしたい事。


今この選択肢を選ばないと


自分は絶対後悔すると思っている事。


そんな事を話した。














どのくらい話しただろうか⋯


2時間程時間が経過していた。









上司が切り出した。


「どうしたいですか?」





「すいません。まだ家も決まってなくて

頭の整理も着いていないのが正直な所

なんですが⋯早く大阪に行きたいです。」







「そうですよね⋯」







「わかりました。明日から仕事来なくても

大丈夫ですよ。







と言ってあげたいところなんですが

正直、今日明日ではシフト調整も

難しいところでもありますが⋯






〇〇さんの人生ですからね⋯

絶対に辞めないでくれ!とは言えないです。」






「〇〇さんとしては直ぐにでも

大阪に行きたいんですよね?」と。






「はい!」と答えた。






「とりあえず会社的には一ヶ月前には

深刻してもらう規則ではあるんですが

〇〇さんの人生ですので⋯⋯どうしますか?」


と聞かれる。






「うーん。まだ正直帰ってきたばかりで

何も決まってなくて考えもまとまってなくて」


と、ありのままを答える。







すると上司は



「そうですね。話長くなっちゃいましたね


今日は終わりにして、

色々と考えて見てください!


また話しましょう」


と言ってくれ後日また話すことになった。












また、兄の急変時や、


引越し前の準備休み

(家を契約したり、兄と面会する時の休み)


などについては快く許可してくださった。










ただ、心配だったのは



こうしている間にも

兄の命が短くなっていて



会える時間も刻刻と

減り続けていること。



こうしている間も

1人病室で闘っている事。






そんな事を考えていたら

いても立ってもいられなかった。














​気持ちの整理






”もし時間が空いてしまって

死んでしまったら⋯”


気持ちばかりが焦っている。










現実問題、事情があっても


急ぎに急いで、仮に引越しをしたとして


まともに暮らして行けるのか?


そして


いつまで生きれるのか?


そんな感情で頭がグルグル回っていた。








そして上司の言葉を思い出す。


「〇〇さんの人生ですから⋯」と。







こんなに良くしてもらった職場だ。


無資格の私を優しく受け入れてくださって


こんなにも大切にしてくれる。


やっといい職場・上司に出会えたと思った。











私の人生だけど

私の人生の手助けをしてくれた

恩人に泥を塗るような事は

してはいけない。







そう思った。


それに上司はあの時何と言っていただろうか?







我儘な私の発言を前に、真っ先に

「就労規則では1ヶ月です。」

と言ってしまっていいものの、








それを最後の最後まで言わずに


私の気持ちに寄り添い、


「どうしたいのか?」


を真っ先に聞いてくれた。











”よし、決めた。

1ヶ月やり遂げよう”








兄には兄の人生があった様に


私には私の人生があるのだ。


私にも全うしなければ行けないものがある。









”この間に死んでしまったら

それはそれで仕方ない”


そう踏ん切りが着いた。






あの時第一声で真っ先に上司に

【就業規則】

の話をされていたらどうだっただろうか⋯





切羽詰まった私はどうしていたか

安易に想像が出来る。








寄り添ってくださった上司に

本当に感謝すると同時に

更に、尊敬した出来事だった。









どのみち、私が大阪に早く行けたにせよ

兄の病状を変える事は私には出来ず、

私が出来ることは、面会に行く事位で、

面会に行きたいのも私のエゴなのだからと

自分の中で納得した。











そして勤務中こんな事を夢に見た。



”臓器移植して助かったら

関東に連れてきて

一緒に住んで

同じ職場で働かせよう”







こんなに優しい人達が居ること。


恩返しをさせる事で、仕事を辞めにくくし、


アルコール依存症の原因ともなった


”無職期間”を終わらせたかった。


一緒に家に住む事で全面的に


アルコール依存症を一緒に治したいと思った。








もちろんアルコール依存症の兄と

同じ職場、同居するとなったら

色んな弊害があるだろうとも予測されたが








アイツが居なくなる位なら

そんなのへっちゃらだ。

と、思った。







”大切な妹の肝臓をあげる”

それくらいしないと

兄は酒を辞めれないだろうとも思った。








「次の面会の時先生に

移植の件を相談してみよう」





と、思い、それに伴い

このブログを併設した。








そんな夢に浸りたい私だが

1ヶ月はあっという間で








次は


・兄の幽霊屋敷に住むのか

・新しく家を借りるのか


を考えなければならなかった。












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