8/27~29大宰府・福岡 その1 8/27大宰府 | 千葉ロッテまる子

8/27~29大宰府・福岡 その1 8/27大宰府

もう遠い昔の事になりますが、昨日クライマックスの第一ステージに連勝して一日空きましたので、真夏の福岡のレポでも書きましょう。


まずは朝一番の福岡空港行きの便で一路福岡へ。


実は私、飛行機嫌いであります。


元々高いところがニガテでございまして、マリンの二階席から下を見下ろせません。そんな私が飛行機に乗るんですから、もう死ぬかと思いましたよ、ええ。


しかし、眺めは最高なんですよね。


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富士山を上から見れるなんて飛行機しかありませんから(当たり前ですが)、この眺めを見るために飛行機乗ったと思えば諦めもつきますね。


私全く知らなかったのですが、飛行機って電波通じないし、離陸の時、携帯の電源つけちゃいけないんですって。知りませんでした。せっかく携帯国盗り合戦でだいぶ稼げるかと思ったのに・・・。



1時間30分後、福岡に到着しましたが、この空港アクセスよすぎです。


空港から地下鉄に乗ってわずか5分で博多駅、さらに2~3分で繁華街の天神(東京で言うところの新宿?違う?)です。ここに比べると、成田どころか羽田だって遠いですな。月とイスカンダルくらいの差があります。



で、西鉄ライオンズの西鉄に乗っていざ大宰府へ。


西鉄電車、ちょっと昔の車両でしたが、駅とかとてもキレイでしたよ。なんでライオンズを売っちゃったんですかね?(いつの話だ)



さて、急行で30分ほど、大宰府に到着です。


駅でレンタサイクルを借り、大宰府の旅スタートです。


あわよくば坂を登って大野城まで行こうと思ってたんで電動機つきを借りました。


しかし、電動機がちょっとご機嫌ななめで、こいでもこいでも、前へ進んでくれません。これなら普通のギア付きママチャリでよかったかもしれません。ま、運動になったからいいでしょう。


ちなみに気温は37℃。昨日、一昨日と西武は涼しげ、一昨日なんか寒かったくらいですからね。この暑さ、信じられません。サウナでチャリンコこいでる感覚、まさに灼熱のサイクリングになりました。


最初に向かったのは天満宮じゃなくて、観世音寺です。レンタサイクルの店員さん(駅の係員さんがやっていた)も天満宮を薦めますが、私には私の計画ってもんがあるんです。ま、その計画も、のちのちひどい事になるんですけどね。


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九州の最古、最大のお寺で境内は史跡に指定されています。斉明天皇の661年建立というのですからスゴイ。法隆寺クラスです。大仏の東大寺より古いです。大宰府の政庁の守り神としてあったお寺ですから、格式は相当なものであったようです。


現在の建物は江戸時代ですが、どこか奈良のような感じがします。新薬師寺とか浄瑠璃寺とかですかね。


そんな古く、格式が高い寺ですから寺宝もたくさんあります。


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こちらは国宝の梵鐘です。日本最古の鐘です。なんと698年鋳造だそうです。


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境内にあるこの鉄筋の宝蔵の中に多数寺宝が収められています。さすが大寺だけあって、仏像の数々もものすごくでかいです。


鎌倉時代、火災で建物、仏像のほとんど(というか全て)を失いましたが、仏像はすぐ新たに作られました。鎌倉期以降、仏像はどんどん小ぢんまりとしてきますが、ここの仏像はでかいです。宝蔵の中でも仏像がまとめて展示されてありますが、圧巻です。



続いてお隣の戒壇院。


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奈良東大寺、下野薬師寺と並んで天下三戒壇です。九州の人たちはここで僧籍を受けました。



ここから、チャリンコでスイスイ進みます。暑かったですが、緑が多くて気持ちいいです。



続いて、史跡の学校院跡。


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学校というか、お役人養成機関だったようです。九州はここが中心というか、ここしか政庁がなかったようですから、地方のエリートたち、みんなここへ集まって学んだのでしょう。



続いてお隣の大宰府政庁跡です。


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ここに九州の行政の中心地があり、発掘調査もがんばっていて、特別史跡に指定されています。


九州というか、日本で都についで二番目の行政機関でした。大陸から海を渡ってきた外交団も全てここで応対されていました。


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現在ではこのように礎石の跡が発掘され残っているのみですが、門、回廊など礎石はしっかりしており、当時の様子が想像できます。





こちらの二つは官衙跡。大宰府の実務の部署です。18もの官衙がありました。


蔵司官衙跡


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月山官衙跡
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さて、政庁街(?)を抜けて土地の産神、坂本八幡宮を通り、


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国分瓦窯跡です。


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新池という池のほとりにあります。古代の瓦を焼く窯の跡で史跡に指定されています。恐らく大宰府の政庁や観世音寺の瓦はここで焼かれたのでしょう。現在は侵食を防ぐため埋められてしまいました。



そして、筑前国分寺跡です。


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この奥に講堂跡とともに、しっかり礎石が残っています。


現在の国分寺は


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こんな感じですから跡形も残ってません。この国分寺には薬師如来像がありますが、閉まってましたので見せてくれないようでした。



国分寺は礎石がしっかり残っていましたが、国分尼寺はこんな感じ。


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畑の中でぽつーんとありました。しかし、礎石が一つしか残っておらず、その礎石も博物館へ売られていってしまいました・・・。



さて、続いて今日のメインディッシュの一つ、水城跡です。


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ちょっとこんもりしてるのわかりますか?


この道路の両サイドに長い堤防のようになっている岡があり、それが水城です。


福岡の平野から、この大宰府まで1本の道があって、その道をふさぐ形で堤防のような城を築きました。長さが何と1.2kmに及びます。白村江の戦いで負けちゃって、新羅と百済が攻めてくる!って慌てて大宰府を守るために作ったお城です。防人の歌で大宰府でなんちゃらかんちゃらというのを学校で習いましたが、防人たちはここで軍役についたのでしょう。


この城(堤防)の上に登る事(10mくらい)が出来ましたが、かなり長かったです。特別史跡です。


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さて、この後近くの回転寿司で腹ごしらえしました。あまりうまくなかったし、醤油のせいで余計喉が渇いて、水を飲みまくって、さらに汗をかくという悪循環にはまってしまいました。タオル1枚じゃ全然足りませんでした。



で、飯の後向かったのは榎社神社。


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大宰府に流された菅原道真の屋敷があったところと言われています。政庁の真南の一等地にありますので、左遷されたといっても道真、ちゃんと仕事してたんですね。



続いて、般若寺跡の七重塔。


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奈良時代に建てられた寺院跡ですが、この石造七重塔しか残ってません。この塔は鎌倉時代の再建で重要文化財です。



実はこの塔を探すので1時間くらい道に迷ってしまい、後のスケジュールがきつくなりました・・・。あまり訪れる人もいないようですし、レンタサイクルでもらった地図にも載っていませんでした。



で、駅に戻ってチャリンコを返却して歩いて大宰府天満宮へ向かいます。


境内に入るとまずは・・・


腹ごしらえです。大宰府名物梅ヶ枝餅。


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うまい!


はっちゃく




いや、うまかったですよ。疲れていましたから、甘いもんがうまいんですよ。これがまた。


参道はこの梅ヶ枝餅屋さんでいっぱいでした。


で、境内入って最初に見えるのが延壽王院。


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幕末マニアの方ならよくご存知の、三条実美を初めとする七卿が落ちて流されていたところです。土佐の土方楠左衛門がお世話をしていました。中岡慎太郎ばかりクローズアップされますが、実質ここでがんばっていたのは土方です。土佐の上士出身でありながら尊皇攘夷に早くから身を投じます。この人のえらいところは維新後も尊王であった事。宮内大臣を11年努めました。



さて、境内に心字池という池があり、神社に何故か必ずいる亀がここにもしっかりいました。


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とても可愛くてよいのですが、何故神社の池には亀がいるのでしょうか?



この心字池のほとりに末社の志賀社があります。

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室町時代の建物で重要文化財です。境内で一番古い建造物です。



この立派な楼門をくぐると、


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おなじみの本殿です。
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こちらも重要文化財に指定されています。


菅原道真を祭った神社で、京都の北野天満宮とともに全国の天神様の総本山です。ま、ここへ来たって頭がよくなるわけではありません。しっかりとお勉強しましょうね(しないとこうなるよ)。



境内には天然記念物に指定されている大木が二つ。


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まずは大樟。偶然にも写真撮影をされている方がいまして、そのでかさがわかります。



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こちらはひろはちしゃの木。樹齢なんと700年。幹に穴があいていますが、大丈夫でしょうか・・・?



さて、この後大野城に出かける予定でしたが、般若寺跡の七重塔で迷ったのと、この後福岡でヤボ用があって断念。またの機会にお預けです。


とにかく暑かったですが、灼熱のサイクリング楽しかったです。観光地に行ったらレンタサイクルが最高です。楽だしいっぱい回れるし、駐車場は必要ないし。


そして、この大宰府という町、この天満宮を中心に史跡がいっぱいでした。しかも、私は夜、ヤボ用があっていけませんでしたが、大野城まで見てちょうど一日。すごく回りやすいように出来てます。古代の人たちはそこまで計算してこの歴史の街を作ってくれたのかもしれません。



で、夜のヤボ用。

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成瀬が負けました 。ま、今となってはいい思い出。



で、晩飯は


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廻天 で博多ラーメンです。


あまりうまくなかったですが、それもいい思い出。





つづく