伊能忠敬生誕の地と真忠組の乱。( ˘ω˘ ) | 千葉の歴史、名所、旧跡アドバイザー・尼木のブログ

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魅力満載、千葉の見どころをナビゲートします。

千葉県九十九里町にある、海の駅九十九里。!(^^)!

海岸沿いにあるこの施設には、蛤やイワシを

使った郷土料理が味わえ、イワシの資料館も

あります。(^^♪

九十九里町は、江戸時代に日本地図を作成

した伊能忠敬生誕の地があります。(*'▽')

伊能忠敬は、延享2年(1745年)に小関村の

小関五郎左衛門の家に生まれ、宝暦12年

(1762年)に佐原の伊能長由の養子になり

伊能家を支え、その後偉大な功績を残します。(*‘∀‘)

幕末に九十九里浜を騒然とさせたのが真忠組。( ˘ω˘ )

首領の楠音次郎と副将格の三浦帯刀を中心に

報国救民を掲げ、この地にあった旅館大村屋

に押しかけ、真忠組義士旅館としました。(*'ω'*)

しかし救民と称して、商家・網主・名主などの

家に押し入り、金銭、米、武器を強奪に近い形

で拠出させ、勢力を振るいました。(´・ω・`)

同時に貧しい人々に施し米、施し金を行い

救民活動をしたのも事実です。

しかし、これを重く見た幕府は、大村屋を襲撃

し、楠音次郎は討ち取られ、三浦帯刀は処刑

され、160人以上が処罰されました。(´-ω-`)

大村屋騒動とも呼ばれ、真忠組の活動は救民

か暴徒か、今でも評価が分かれています。('◇')ゞ

 

九十九里を広く探索する、あまきオフィス

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