▼ネタ的にはルーキーズのこと
鈴鹿方面へお出掛けしたついでに、ワーナーマイカルシネマズ鈴鹿へ寄ってきました。
うふ。
うふふふふ。
でっかいROOKIESのハリボテがありました。
ほんとはルキメンの前で一緒に撮りたかったんですけどひとりで行ったからこのショットのみなんです。
しかもほぼ等身大と思われる安仁屋をもっとじっくり眺めたかったんですけどいい年こいてそりゃないわと思ってそそくさと帰ってきたんです。
今思えば恥をかいてもじっくり眺めてくればよかったです。
チラシはやっぱりありませんでした。
う~ん、どうしてないんだろう…。
津市の映画館は1種類だけ(裏が川藤の書いた「夢にときめけ 明日にきらめけ めざせ甲子園」)あったんですけどね~。
公開日が近付いたら置いてくれるでしょうか。
公開を待ってるあいだのワクワクした気持ちって、いいですね。
映画の前に映画のメイキングDVDが発売になりますから、そっちもワクワクです。
ルーキーズ・ファンのブロガーさんはけっこう「映画を観るまではメイキング我慢よ~!」と心(しん)の強い方々が多いのにびっくりです。
自分は我慢できないから、届いたら子どもとウハウハ見ちゃいますね…。
そしてきっと号泣。
号泣と言えば昨夜、捜し物をしていたら古いノートが出てきました。
独身の頃に思ったことを書いていたノートです。
実家の母に対する強い憤りが書き殴ってありました。
もうずっと忘れていた感情が溢れ出して、泣いても泣いても涙が止まりませんでした。
当時の悔しい気持ちに今また出会ってしまったことで、自分があまり実家へ帰らないのはこういう感情に振り回されていた過去があったからなのかなと再確認…。
以前の記事にも何度か書いていますが、記憶がボロボロと消えていったり、人の顔が覚えられなかったりということが頻繁にあります。
友人たちが昔のことを懐かしむ会話をしていてもその輪に入れないもどかしさだとか、自分が言ったりしたりしたことを「こうだったよね」と言われても「覚えてないの」としか言えない歯がゆさが辛いです。
そして母に対する激しい感情すらも、その輪郭部分は記憶の片隅に残ってはいましたがその中の燃え上がる憎しみの核の部分を忘れていたことに驚きました。
そういった負の感情を忘れられたのは、おそらく自分と母との関係にはよかったのかもしれません。
結婚をして実家を離れ、それからはたまに会えば何気ない会話をし、何気ない会話の中に人として大切な会話もし、母も自分も人としての成長を認めあえたというのはあります。
けれど当時浴びせられた暴言の数々、傷ついた心の痛み、そういったものを忘れて笑っていられる自分がなんだかとても憐れに思えました。
忘れていた感情がよみがえり、消えていた傷が口を開いて泣きました。
そしてその傷の痛みを忘れていた自分がかわいそうで泣きました。
朝、目が覚めて、気持ちは意外と静かでした。
ルキメンのハリボテの前であたふたと写真を撮ってる自分に、もう昔の自分はいないのだと確信できました。
【 この世は俺たちが理解する以上に栄光に満ちている 】
まだ生きていく自分のために、前を向いていこうと思います。
ニコガク野球部のようにね。
ゴー自分ゴー!