今日は、2026年5月20日に起きた、
宮島・弥山の霊火堂の火災について、
私なりに感じていることを
お話ししたいと思います。
これは単なる火災という出来事ではなく、
今の日本、
そして私たち日本人の精神性に対して
大きなメッセージが
投げかけられているように感じています。
実は私自身、この宮島・弥山で、
3年ごとに御神事を行ってきました。
そして毎回、
最後に祈りを捧げていた場所が、
この霊火堂だったのです。
だからこそ、今回の出来事は、
とても深く胸に響きました。
1200年守られてきた「消えずの火」
宮島・弥山には、
1200年以上燃え続けている
「消えずの火」があります。
これは弘法大師・空海が
修行した火だとも言われていて、
日本の精神性や祈りの象徴として、
長い間大切に守られてきました。
今回、霊火堂が火災に遭ったことで、
多くの方が衝撃を受けたと思います。
ですが、不幸中の幸いだったのは、
その「種火」は別の場所に移され、
完全には失われなかったということです。
私はそこに、とても大きな意味を感じました。
器は変わる。
でも、本質は消えない。
それを強く感じたのです。
私が3年ごとに行っていた「弥山プロジェクト」
実は私は、この弥山で、
3年ごとに御神事を行ってきました。
最後は必ず霊火堂の前で祈り合わせをする――。
それが毎回の流れでした。
最初の御神事では、
「新しい命を降ろす」
というテーマで行いました。
その後は、
ご先祖様の継承、
日本人の精神性の継承、
命のバトンを未来へ送っていく
という意味合いへと変化していきました。
毎回100人以上が集まり、
多い時には200人規模で行っていました。
コロナ禍の時にも開催していたのですが
その時、本当に不思議なことが起きたんです。
開催直前に社会情勢が大きく変わり、
赤字になる可能性もあったのですが、
「この御神事は絶やしてはいけない」
と感じてくださったある経営者の方が、
赤字分を全て補填してくださったのです。
しかも、
その方は「株式会社コロナ」
の社長さんでした。
私はその時、神様の動きというのは、
人智を超えたところで動いているんだな
と深く感じました。
2026年、本来は大規模な御神事を行う予定だった
実は今年、2026年5月15日に、
弥山で大きな御神事を行う予定がありました。
テーマは「次世代への継承」。
子どもたちと親世代を集め、
日本の精神性や命の智慧を
未来へ繋ぐという内容でした。
ですが、半年前に突然ストップが入ったのです。
「今回は待ってください」
「新しい継承の形に組み替わります」
そんなメッセージが来ました。
だから、本来5月15日に行うはずだった
霊火堂前での御神事は、
今年は中止になっていました。
そして、その5日後に火災が起きたのです。
私は、この流れに
偶然以上のものを感じています。
宮島・弥山とは「火と水の統合」の場所
宮島というと、
多くの人は厳島神社を
思い浮かべると思います。
海に浮かぶ大鳥居。
美しい観光地。
鹿や紅葉。
ですが、その奥にある弥山は、
まったく別の顔を持っています。
ロープウェイで登り、
さらに山道を15〜20分ほど歩くと、
空気がガラッと変わるんです。
霊的なエネルギーが一気に強くなる。
私はいつも、
厳島神社が「表の顔」だとしたら、
弥山は「奥の神域」だと感じています。
そして、この場所は
「火と水の統合」の場所なんです。
宮島は海。
つまり「水」。
霊火堂は「火」。
水は浄化。
火は覚醒。
つまり弥山は、
日本人の内側に眠る情熱や智慧、
魂の火を呼び覚ます場所でもあるんです。
火災は「終わり」ではなく「封印解除」
今回の火災を見て、
私は強く感じたことがあります。
それは――
「封印が解除された」
ということです。
霊火堂は、1200年もの間、
「火」を守り続けてきました。
つまり、
智慧や精神性、命のエネルギーを
器の中で大切に守ってきた場所なんです。
でも、見方を変えると、
それは「封印」でもあった。
守るために、閉じ込めていた。
ですが今、その火が
器から外へ出始めている。
つまり、
「一部の人だけが知っていたもの」が
これからはもっと広く開かれていく流れ
なんだと感じています。
2026年に入り、
本当に様々な封印が解かれ始めています。
古神道。
神話。
封じられていた歴史。
日本人の精神性。
それらが表に出始めています。
私は、この霊火堂の火災も、
その流れの一部だと感じています。
カゴメ歌と霊火堂の一致
今回、特に強く繋がったのが、
「カゴメ歌」でした。
「かごめ かごめ
かごの中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に」
この歌です。
私は、この「かごの中の鳥」が、
まさに霊火堂の火そのものだと感じました。
長い間、「かご」の中に守られていた火。
でも今、その鳥が外へ出る時が来た。
つまり、封印されていた智慧や精神性が、
外へ解放されるタイミング
に入ったということなんです。
「後ろの正面」が前に出始めている
カゴメ歌には、
「後ろの正面だあれ」
という歌詞があります。
私は今、この「後ろの正面」が
前に出始めていると感じています。
これまで裏に隠されていたもの。
歴史の裏側に追いやられていた存在。
見えなかった真実。
それらが、いよいよ表へ出てくる。
神話の世界でも、
今まで後ろにいた存在が
前面に出始めています。
私は特に、
「饒速日命(にぎはやひのみこと)」
の流れを強く感じています。
今まで表舞台にいたものだけではなく、
裏側にあったものが統合される時代。
それが今なんです。
「破壊と再生」のタイミング
弥山という名前には、
「実る」「産霊(むすひ)」
という意味もあります。
つまり、新しいものを生み出す場所。
だから今回の火災も、
単なる破壊ではなく、
「破壊と再生」なんです。
古い器は壊れる。
でも、本質は消えない。
むしろ、
その火は新しい器へ移されていく。
そして今、
その新しい器とは何か。
私は、「私たち一人ひとり」
なんじゃないかと思っています。
これからは「人」が霊火堂になる時代
昔は、特別な場所に火がありました。
でもこれからは違う。
私たち一人ひとりが、
その火を宿す時代になる。
つまり、
・どう生きるか
・何を未来へ繋ぐか
・どんな精神性を持つか
それが問われる時代になっているんです。
火を継承するというのは、
単に物理的な火を守ることではありません。
内側の意思。
智慧。
愛。
祈り。
それを生き方として
未来へ繋いでいくことなんです。
今、日本人が思い出す時
今回の霊火堂火災は、
歴史的には本当に痛ましい出来事です。
ですが、
その奥にあるメッセージを感じるなら、
「日本人の精神性を、
一人ひとりが受け継ぐ時代になった」
ということなのではないでしょうか。
消えずの火は、消えていません。
今、その火は、
私たちの中へ移されている。
だからこそ、
自分の中の火をどう扱うか。
どう未来へ繋ぐか。
それが今、
本当に大切になっているのだと思います。
そして私は、この出来事を通して、
「後ろの正面にあった智慧が、
いよいよ表に出る時代」
を強く感じました。
今まで封印されてきたものが
開かれていく。
だからこそ、私たちもまた、
新しい器として生きていく必要がある。
そんなことを、
今回の宮島・霊火堂の出来事から
深く感じています。