最後の時間が近づいていた

0:30電話が鳴り

患者さんの夫から

「呼吸が短い気がする」

「最後の時間が近づいているから手を握っていてあげてね」と言って切った

 

もう一度電話が鳴ったのは、

丑三つ時(午前2時)

 

「止まっちゃったみたい」

「すぐに先生と伺いますね」

 

目が醒めるように目薬さして

歯磨きは、省いてガムを口に放り込む

 

白衣に着替えて、トイレに行って出発

 

「60代の女の方だったので、

最後に髪の毛を洗ってあげたかった

 

ず〜と体調が悪かったので

入浴ができていなかったらしい

 

ロングの髪の毛がかなり絡まっていて

リンスをつけちゃ〜、とかしを繰り返す

 

ブラシが通るようになるまで

1時間もかかってしまった

髪を洗い終わると

部屋は、リンスのいい香りでいっぱいになる

 

身体を拭き終えると

子供達が買ってきてくれていたという

ピンク色のパジャマを着せた

 

最後の薄化粧をして、ご主人に声を掛ける

「奥さんかわいいね〜、若い頃は美人さんだったでしょう?」

と言うと、もともと口数の少ないご主人は、

恥ずかしそうに、照れながら「うん」とうなづく

 

「東北生まれの奥様と奄美生まれのご主人は、どこで知り合ったの?」

また、恥ずかしそうに「東京」とだけ答えてくれた

 

全てが終わって、帰ろうとすると

土砂降りの雨

 

60代の夫を残し先立つ悲しみの雨?

 

「葬儀までの時間、二人で無言の会話を楽しんでください」

と心の中でつぶやきながらお家を出ました

 

ワイパーを最高にして、ゆっくりゆっくり車を走らせながら

家に着いたのは、4時過ぎだった

 

長い長い訪問が終わった