安芸の宮島・厳島神社で催された
旧広島藩主 浅野長晟公・上田宗箇公 
広島入城 四百年記念 
上田宗箇流 献茶祭 に参列しました

以下敬称略

浅野長政の次男 浅野長晟が
元和5年(1619年)に安芸国広島藩に
加増転封となり、幕末まで存続した 
安芸浅野家の記念茶会です。





今年もあっという間に年末です。

炉開きと思ったら、もう初釜の予定が
決まりました。

次は節分、上巳、端午と年末から春まで
一気に行事が入りますね。



浅野家と言えば
忠臣蔵・赤穂浪士が有名ですね。


浅野長政 の三男 浅野長重は常陸笠間藩主
1645年次代 浅野長直 が播磨赤穂藩 へと移封。

その孫が赤穂事件で有名な浅野長矩であり
事件後に赤穂藩は除封となりました。


赤穂四十七士 のうち
赤穂出身者は大石良雄を含めて半数程度
赤穂浅野氏の家臣団の中心は、
常陸国/茨城県の真壁や笠間の出身者なのです。

そのため笠間には現在も志士の出身家系の
旧家が残り、遺品も多く伝わっています。

歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の元となった
大石内蔵助ゆかりの 京都 万亭  一力では
大石内蔵助の命日3月20日に大石忌が
開かれています。

なので、せめて縁ある笠間でも
赤穂義士 の御命日2月4日(旧暦)
には遠忌茶会を開催したいものです。



平将門公像 築土神社


また厳島神社といえば平清盛公ですが

平氏と聞けばやっぱり関東
茨城県人なら平将門公が浮かびます。

今日、東京の守護神となった将門公ですが
将門公が成田不動の呪詛によって倒された
という縁で、今でも茨城県人は
成田山にお参りに行く人は少ないです。





平氏や浅野家という
私の郷里 茨城県に二つのご縁ある

上田宗箇流 献茶祭に参列できたことは
大変意義深いものとなりました。




祇園精舎の鐘の声  諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色  盛者必衰の理をあらはす

奢れる人も久からず  ただ春の夜の夢のごとし
猛き者も遂にはほろびぬ  偏に風の前の塵に同じ