朝晩はすっかり
多治見も冷えてきました。

子供の頃、藁葺き屋根の
真っ暗な曾祖母の家に行くと、
いつも陶器の火鉢があって、
ストーブとは違う、
しっとりなめらかな陶器から
伝わる温もりを思いだします。


【中置】の時期ですね。

中置の季節は、
ちょうど名残の時期
冷え枯るる故に、風炉の火を
少しでも近づけるという、心配りに

茶の心は凄いな~と本当に感心しました。

日本人で良かったぁ~



まして、勝手付が狭いから
細水指という茶道具もあり、
焼き物やとしては、
自分も作ってみたくなりました。


しかし、【中置】 は 風炉が畳の
中心に来る事で

何故か?

構えてみると
草なのにとてもフォーマルに感じます。

茶事や茶会、稽古でも

位置が変わったり、数が減ったり
高さや大きさを変えたりするのは、
特別警戒注意報です。


師匠の茶会で初めて
長板・二つ置を見た時には感動しました。
全ての方々の突っ込み所を
本歌の水指が一刀両断していました。

茶道って「知識の格闘技やわ~」

大組織を束ねるのは
三拍子そろわなできまへん💧


台子より~
長板より~【中置】ぐらいで
茶会を年中やれそうな気配があります

まして火を寄せるだけなら
大板や五行棚にわざわざのせる必要が
ありません。

ではなぜ、中置を名残の時期に
するようになったのでしょう。

点前が変化してきた「名残」があるのが
 【中置】!

こんな「名残」と名残の掛け合い、
まるで和歌のよう

すみません。
これは私の勝手な創造、男のロマンです~

現代は様々な流儀の茶道がありますし、
オリジナルの茶の道も、
数寄の道もあります。

全て正解。

道歌は学びますが、
南方録は深くやりません。

利休居士がこう云いました。

真摯に受け止めながら、
あくまでも伝です。

そこを礎に
尊敬する恩師の方々は、流派は同じでも
自分なりの お茶の道を求め
歩んでいるように見えました。




現在【中置】は
ちょうどの季節に取り込まれ
その風情をより一層感じる事ができる
格別な点前となりました。



私の好物の柿の絵だと、
何だかマズイので
秋の風情ある
細水指をいつか作ってみたいです。

ちなみに岐阜の柿は
関東では見たこともない柿があり、
本当においしいです。