前回の記事で紹介した、


毎年 夏 に那須の森で
哲学やデザイン、音楽、建築など
これまで人が創造してきた事柄を、

職業も年齢も違う沢山の人々が集い





今回はその中から、


日本の文化とは何ぞや?
国内外の偉人達は
それをどう解釈し、 
現代にクリエイトしてきたのか?

をご紹介致します。


私は「陶芸」や「茶道」をしていますが、
海外に行けば行くほど

日本の素晴らしさや、
美しさに気づかされます。


そして同時に、

日本人である私が
本当にどれだけ
日本の事を知っているのか?

という
疑問が湧きます。


大学まで行かせてもらいましたが、
小学校から習うものは、

絵画にしても

音楽にしても

みんな西洋の事ばかりでしたから
やっぱり分かりません。


ランドセルを背負って
家に帰れば

明治に建てられた、
私の古い農家の家には、
床の間、仏壇、神棚があたり前にあり、

大正生まれの祖父母が
農作業と共に暦に従い、

餅つきに餡作り、
豆まき、菖蒲湯、柚子湯など、

全て家で収穫したもので賄ってくれました

昔は何処の家でも当たり前に
見られた光景なんでしょうが、
今じゃ本当に珍しくなりました。

日本も古の時代から外国から様々なものを
導入し、
そして日本流にアレンジして
日本独自の文化にしてきた歴史があります。

「陶芸」や「茶道」という
伝統的なものでさえも

利休居士が高価な唐物から、
身近な竹を用いて崇高な美を
創造したように、

立ち止まり、なぞるだけでけの
マニュアル人間ではなく

【不易流行】
古を学んだなら

常に現代に合わせ
試行錯誤や
失敗を繰り返しながらも





下記が私の拙い聴講記録です。

この中の興味を持たれた登場人物を
少しでも掘り下げて頂き

皆さんにとっての
新しい「日本文化・和の文化」の
きっかけが見つかれば幸いです。



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『日本的モダニズムの創出はいかに可能か!          西欧がみた日本』


■伊藤 俊治(美術史・東京藝術大学教授)

20年に一度の伊勢神宮の
式年遷宮は森の再生と連動しています。

諸行無常に日本の風土感があります。

クロード・レヴィ=ストロースは
西洋文明以外の日本文化に特集し
混合混入の出会いの場を蒸留したものが
日本文化「神話理論」

伝統の精神を神作に置き換えてきた。
外来文化を引き寄せ消化させた、
共存文化ができる日本。

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●シャルロット・ペリアン
タウトの後任として1940年来日 
日本の工芸と深く交流し、精神幾何学性としてお茶のライフスタイルの刷新

木とわらと紙の日本の家にあわせ、
畳がモジュールとなり
規格化されていることはコルビジュエと同様

アンドレ・マルローは
ペリアン以上に日本の精神文化に傾倒

伊勢神宮は20年毎に永遠を刻んでおり、
周りの森がなければ何も意味がない

ライトは「清潔が日本人のDNAである」と

タウトは「自然宇宙と芸術と生活が
判別できない」と

しかし、第二次世界大戦以降
日本が自然との共生が難しくなる

311以降日本固有の自然観が大切になった。

「日本から学んでいないのは、

日本人だけである。」

外人が日本をどう見たかを知れば、
日本人にも日本のことがわかる

以上基調講演 伊藤 俊治(美術史)

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第二部

「日本的モダニズムの創出はいかに可能か
    西欧がみた日本」



対談 伊藤 俊治  I(美術史・東京藝術大学教授) × 柏木 博  K(美学美術史・武蔵野美術大学教授)× 新見隆 N(キュレーター・武蔵野美術大学教授)