8月19日は藤原定家卿の御命日

京都嵯峨 

小倉山の中腹にある 二尊院様へ

暗譜した小倉百人一首を 巻紙約10メートルに書きしたため、京都での三年間皆勤できた茶道修養及び男子寮生活満了の感謝を形に、

 

己の締めくくりとして納経でなく、納歌させて頂きました。

 

 

三年間過ごした男子寮の廊下が長くて良かった。 

 


一言一句間違えずに、一発で決めました。


かるた大会じゃないので、全ての意味合いを理解したり、


1000年という時代の中の歌から、定家卿が選定した意味や、詠み人の背景や人間関係、美意識、侘、全てが色褪せずに詰まっています。


 

 

巻き紙をまとめて。いざ二尊院様へ出発!



参道

納経所

本来は写経や御札を納める場所ですが、

係の方に、
納歌というのは、初めてやな~と
言われました。


西行法師庵跡
西行さんも素晴らしい歌がありますな。


さらに奥へ


定家卿が百人一首を
選定した場所として


定家卿 庵の跡


京都が一望できる小倉山の中腹にあります。




後に、ご住職様から手紙を頂きました。

慰労の言葉と、節分祭にてお焚き上げ頂けるとの事。本当にありがたいです。


京都で小倉百人一首を深く究め学べた事は、自分にとり大変意義深い事でした。

茶道は500年ですが、和歌は1000年以上はありますから。
奈良、吉野にも足を伸ばしたり自分のふるさと筑波山を想ったり。

そして101首目は夏に亡くなった高校時代の親友へいま自分ができる供養として
御霊へ奉歌いたしました。
            

                  ※    

行く雲も  過ごしてみれば

 

しのばれむ


光となりや
              

窓の蛍は

 

 

― 友に捧ぐ