ハレは儀礼や祝祭、年中行事など

非日常の時空間、節目折目である。

ケは日常の時空間、普段の生活、

日々繰り返される暮らしである。

ケの連続の中に

まれにハレが現れることにより、

人に昂奮がもたらされ、

生活に区切りがつき、
暮らしにリズムが生まれる。

柳田は、ハレとケの循環の暮らしの中に
稲作を基盤とする
生活があったと言っている。

人々は米の生産サイクルが
順調に進むことを祈り、
それに感謝を表すために、

お盆、正月、祭礼など
節目となるハレの日に赤飯、おせち、餅など
作り方まで特別なものを用意した。

手間をかけて神霊にささげる
特別な食べ物を作り、
これを共に食すことで

神霊と交わる。

そして酒を飲み、
とっておきの晴れ着をまとう。


この柳田がハレとケに
日本の精神文化を見出したが、
その後は、西洋にも似たような文化があると
示している。

宗教学者ミルチャ・エリアーが
「聖と俗」のなかで

「日常的な生活が営まれている俗なる時間は、
   聖なる時間によって中断される」

と説いている。


柳田の関心事は、
近代がもたらした社会の歪みにあったようで、
明治以降庶民の生活が変容し、
かつてはハレのものだったが日常化し、

まれに出現するからこそ意義のある
昂奮というものが軽くみられるように
なったと強調している。

食事でいえば、温かいもの、
やわらかいもの、甘いものが多くなった。
酒も日常化する、
衣服は興奮を誘う天然の色彩を
日常的にまとうようになる。

つまり、ハレの日常化、陳腐化。

資本主義の世の中が到来し、
大量生産される商品が世の中にあふれ出し、
人々の消費の欲を刺激するようになり、
酒で興奮をうながす必要のない
「毎日が晴れ」の状態となった。

平成の世は、明治の比ではない。
農耕に起因する年中行事はなくなり、
人生の通過儀礼もなくなった。

柳田國男「遠野物語」より

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明治維新の時代に入ると、
市長村合併「神仏分離令」が出され寺院、
仏具、経文などが破壊され、

明治38年には
「神社合祀令」で神社が一村一社に統合され
多くの神社が破壊されてしまいました。

神様がいなくなり、ふるさとが消えていった時代。

同じ事が平成の大合併でも繰り返され
1999年(平成11年)3月末に
3,232あった市町村の数は、

2010年3月末の時点で、
市町村の数は1,727にまで減少しました。


明治維新後、
欧米の価値観のものまねから始まった

「毎日が晴れ」

どんなにお金があっても毎日満腹だったら、
更に更により強い刺激を求める結果になります。

結局は日常の暮らしの中に
十分にハレを作ることが
本来はできるはずなのに、

今や「毎日が晴れ」だから、
どこへ向かうかといえば、
外に向かいより強い刺激がどこかにないか
彷徨う人間が大勢出てくるという
状況になります。


米の収穫もまったく関係ない、
金で心と体を売る
第三次~第四次産業全盛で生きている時代に
暮らしの中にハレを作れるわけがないだろう。と

言われるのは眼に見えていますが、
つくれると自分は思います。

明治:ハレとケ

平成: 毎日がハレ→ハレと欠け

つまり

「ハレと欠け」だと自分は思います。

「欠け」を自らあえて作り出さなければ、

半日のスタバやテレビで誰もが
心が満タン、毎日がハレという
「他人の人生を80年歩む」ことになります。

その欠けを、
それぞれが何とするかが
3.11以降の日本人の価値観
日本人の精神文化として
重要なのだと私は思います。