遣唐使を派遣していた

唐の時代には喫茶の風習が広がっており

『旧唐書』には、茶は食物であり、

米や塩と異ならないと記されています。

 

そんな中、

 

お茶の世界では有名な茶書、

 

陸羽りくうさんの著した

「茶経」ちゃきょうにより、


餅茶へいちゃ(宋の時代には団茶)を

粉にして煮る方法、

後に「煎茶」といわれる方法、

それらの薬効について記されました。

 

次に宋の時代に下がると

皇帝から一般人まで、

茶はすでに生活に不可欠なものと

なっていたようです。

 

この時代には、

 

蔡襄さいじょうさんが1051年頃に

「茶録」ちゃろくという書物を著し、

団茶を粉にして、湯をかけて

撹拌して飲むという、

新しい方法を記しました。

「点茶」という方法です。

 

ん~バリスタのようです。

 

喫茶が広がり、茶葉の品質が

向上されてきた為と考えられています。

 

つまり、

この頃のお茶は

 

煎茶法、点茶法など

地域により飲み方も様々だったようで、

 

 

 

 

中には、現在のように

葉茶を淹れる散茶という飲み方もあり、

 

 

 

この散茶の一種として、

葉茶を粉末にして湯を注ぐ、

現在の抹茶のようなもの

も飲まれていたようです。

 

また町に出れば茶坊・茶肆ちゃしと

呼ばれる茶店が多数あったようです。

 

 

ここで大変興味深い事は

なっなんと、


店では職業・身分関係なく、

同じ席で茶を飲んでいたとの事。

 

もはやスタバです。

 

なので、


良く茶道の世界で強調されて

語られているような、

 

宋の修行僧達が主に薬として

茶を飲んでいた、というイメージを

持っていましたが

ちょっと違いましたね。


宋で飲まれていた茶は

皆さんはどのようなイメージを

お持ちだったでしょうか?



ただざっくり、茶道のお稽古で


お茶を渡来ものとして崇め、

日本の今の茶道のイメージを

固定してしまうのでなく、


やはり、日本に伝わる前の

宋の国のイメージって

とても大事だと私は思います。



第三章へと続く



沼尻宗真