お茶のある暮らし/静岡のお茶屋の雑文

お茶のある暮らし/静岡のお茶屋の雑文

静岡にあるお茶と暮らしの店、茶屋すずわ。
店主がどこかでしたお茶の時間について呟きます。

 

合組(お茶のブレンド)とは単一では出ない価値を掛け合わせることで出すことだと思う。

 

他者のことを認め、自分にないものを認めることが、対人間になると難儀ですがお茶だとすんなりできます。

 

本日も佳き一日を。

 

北欧暮らしの道具店が作っている映画「青葉家のテーブル」。

 

西田尚美さんが演じる春子さんが忙しさに比例して部屋に緑が増える。と言っていてそうそう!!と、物凄く共感したのは正月だったと思う。

 

最近、時間があれば緑を探し、緑を連れ帰る。

 

切り花、塊根植物、アガベに盆栽。緑は何も言わないが癒されてるから心は通じていると思ってる。

 

ミニアムな暮らしは到底できないけどしようとも思っていないからいいのだろう。

 

↑つぼみが可愛い白木蓮

 

昨日は午前中から息子たちと公園へ。

 

園内で知り合い意気投合し子供軍団ができあがり、一緒に見えない敵を迎え撃ったり、時には二手に分かれて戦っているのを見ているのにも飽きてきて、公園にある植物や樹木を観察するというよくある休日を過ごしました。

 

立春も過ぎ、植物たちが動き出すこの季節は見どころがたくさん。

 

誰に見られるわけでもなく、誰と争うわけでもなく、黙って美しい花を咲かせようと精一杯生きる植物たちは感動を誘おうと作った下手なドラマよりよっぽど好き。

↑色が美しい木瓜の花

節分が2月2日になるのは実に124年ぶりらしい。

 

絵本でみたのか、はたまた誰かに聞いたのか忘れたが、鬼の物語で好きな話がある。

 

「昔々、鬼が暴れるのを防ぐために豆を投げて追い返していたが、豆がなくなると鬼はまた来て困り果ててる村があった。

そこにお多福さんが穏やかな笑顔で鬼を諭して引き返してもらったという話」

 

暴力には暴力で返せば、代々恨みつらみは消えず永遠と争いは続く。

 

どこかで誰かがすべてを包めば、きっと鬼も人間も幸せになる道が出て来るのではないだろうか。

 

悪者が現れる。かっこよく倒す。

 

そんな分かりやすい物語より、双方が幸せになる物語を子供たちには教えたいと思う。

 

「喉が渇けば水を飲み、心渇けばお茶を飲む」

 

誰かが言ったこの言葉。心乾かすあの方に届けば嬉しいです。

 

本日で今週の営業はおしまい。

 

明日は素焼きが終わった湯呑に釉薬をかけるという楽しみが待ってます。

 

本日も一日頑張りましょう。

 

ではでは。