
歓声をあげて喜んでくれました

興奮してブレブレw
きれいに完食したよ。
ごちそうさまでしたぁ

Android携帯からの投稿
もう10年くらい前になるかな。
私は聞き慣れない「ラムゼイ・ハント症候群」という病気になった。
当時は仕事が忙しく精神的にも身体的にもギリギリのところにきていた。
年末が近づいてもうすぐ仕事納め、という1週間くらい前から耳の後ろや左後頭部が
キリキリ・ピリピリと痛んでドライヤーをかけるのも苦痛なくらいだった。
何か変だと思い、初めに行ったのは耳鼻科・・そこでは「耳の掻きすぎでしょうね」と言われた。
(今思えばあれだけ痛かったから、もう症状は出ていたと思うけど・・・。)
そしてなんとか仕事を片付け仕事納めをして、翌日からは母と妹と東京(大阪だったかな?)にコンサートを観に行けるので楽しみで、頭が痛いのもそのうち治るだろうくらいに思っていた。
そして翌日、朝から準備をするべく洗面台の鏡を見ると何かがおかしい・・・
顔が歪んでいるし、歯磨き終わりの口をゆすぐ行為ができない・・しているつもりなのに水が口からこぼれる。
家族も心配したけれど、、ひどく疲れが溜まっていたからそのせいだと思っていた。
しかもそのころは今ほどネットを見る機会がなく、パソコンも開かずに家庭の医学的な本を少し読んだだけ。
似たような症状にベル麻痺というのがあり・・・どちらにしても大晦日だから病院もやっていないし、年明けに病院に行こうという話になって飛行機に乗った。
(飛行機の中ではさらに最悪で耳がキンキン痛かったのだけど、耳の掻きすぎが悪化したのかと思っていて・・)
年が明けて2日だったか、さすがに不安が増してきて救急病院にかかるも(まだ普通の病院は正月休み)
明らかに研修医らしき若い先生に「やはりベル麻痺ですね」と抗生物質だけを処方された。
本当にツイてなくて、このころまでにきちんと診断がなされていて点滴を始めれば治っていたかもしれない。
それでもひどくなる一方で4日になり、少し大きい病院に行くと診てくれた先生にあわてた様子で
突然「もう少し早く来ないと!!死ぬかもしれませんよ!」と言われて・・ショックのあまり泣き出す私と母。
その日の昼過ぎには大学病院に入院した。
それから約1ヶ月ほど、抗ウイルス薬やステロイドを点滴する日々。
耳の後ろを切って神経の混線を手術する方法もあるというが、成功率は20~30%とか。
そんな低い値にかける勇気もなくて、動かない顔の左半分を切り取ってしまいたいくらい悲しかった。
この病気は顔の動きを点数で表すのだが40点満点中、8点とか・・それくらいのレベルだった。
結局何も治すことができないまま退院・・外へ出るのが億劫で人と会うのも嫌だったからたいていマスクとメガネをしていた。
仕事も辞めてしまった・・口がひきつっていてまともに発音もできないし、何よりそれ以上のストレスを恐れて辞めざるを得なかった。
女性である以上(男性もだろうけど)顔のことだからどうにか少しでも良くなりたくて、鍼がいいらしいというのをネットでみかけて早速鍼に通った。
半信半疑で1週間ほど経ったころ、全然動かせなかった唇が少しだけ動いた。
そこからは徐々に良くなって、笑ったり口をゆすいだりできるまでに回復した。
そんな当たり前にできていたことが、本当にありがたいことだったんだと気付いた瞬間だった。
1年くらい経過した頃には初めて会う人には、「そんなこと(顔のこと)わからないよ!」と言ってもらえるまでになった。
それでも未だに後遺症があって、共同運動(目閉じたり開いたりすると口も一緒に動く症状)や
ワニの涙(物を食べると涙が出てくる症状)、味覚の変化(気候や体調に左右され舌の半分が味がしない)が残っている。
あとは顔の左半分はかなり意識しないと動かせないので筋力が衰えて、右よりも下がってきている。
朝一の顔は動かしていなかった分ひどくて、引きつっていて日中よりも歪んでいる。
この病気は耳に帯状疱疹ができて、治療が遅れると顔を動かす神経が混線を起こして麻痺が残ったり上記のような症状が残ったりする、難聴になる場合もあるそうだ。
今までわざわざ記すこともなかったのだけど、あるブログがきっかけで書いておくことにした。
私の娘と同じくらいのお子さんを聞き慣れない病気で突然亡くされた方のブログ・・・。
土曜から高熱を出した娘のことで調べ物をしていて偶然たどり着いて、私も初めて知った病気だった。
(娘の熱は下がっています。)
知っていたら治るかもしれない病、、でも知らなければ治しようがない。
私の病気のこともここに書いておいたら、同じ症状でなにか分からずに困っている人の目にとまるかもしれない。
突然思い立って、書いたので長くなって(しかも分かりづらいかな)しまいました。
今も思い悩んでいるわけではないので、みなさん心配しないでね![]()