大人が思っている以上に、子どもは人なんだ vol3 ー全介助が必要な子どもとの暮らしー

 

チャーミングケア ラボで連載している「大人が思っている以上に、子どもは人なんだ」の第3弾として全介助が必要なお子さんのケアをしながら病児服などを扱うECサイト「パレットイブ」を運営している奥井のぞみさんに寄稿していただきました。

親の目線、きょうだい児の目線

24時間人工呼吸器管理、胃ろう、導尿・ナイトバルーン、全介助が必要な伊吹(小2)と、次男(小1)を出産するまでの葛藤。そして、きょうだい児として育つ次男にとって障がいを持つ兄はどう映るのか、本人に聞いてみました。

夫からのひとことで、初めて自分の姿に気が付いた

2010年6月、原因不明の出産事故により、伊吹はピクリとも動かない障がい児になってしまった。

なにがいけなかったのか

なんで私はうまく産めなかったのか

出てくる言葉は、なんでなんでなんで。いつまでも自分を責める私にしびれを切らした夫が言った。

 

夫「いつまで悲劇のヒロインぶってんの。一番かわいそうなのは伊吹だよ。」

私「…産んでもないくせに、何がわかるの!!」

しかし、時間が経つにつれ「こんな体に産んでごめんね」と思う回数が減ってきた。

この言葉は自分ことしか考えてない言葉だと思えてきた。

 

一番「なんで?」と思っているのは伊吹本人かもしれない。

いくら自分を責めても、健康だった伊吹の体は戻ってこない。

伊吹と私たち夫婦の遺伝子検査の結果は、誰にもなんの問題もなかった。

 

医師「次はほぼ健康なお子さんを望めます。」

緊急帝王切開になった私のお腹には、縦に手術の痕が残っていた。

医師の言葉で、確信した。

私たちには問題はなかった。…次は絶対健康な子どもを産む。

衝撃の事実

世の中にはVBAC(帝王切開で出産後に、次の出産するときに経腟分娩で出産をすること)という方法があるらしい。ネットで経験者の話を読んでは期待し、母子ともに高リスクを負う出産方法であることに恐怖を感じた。

そんなことよりも次は絶対普通分娩で!!変な使命感が私にはあった。

だって、私たちにはなんの問題もなかった。だから普通に分娩ができるはず!

 

伊吹を出産して1年が経過し、第二子を妊娠した。

「よっしゃ、絶対できた!!!」(直感)

病院に行ったらだいぶフライングをしていたようで翌週に持ち越しになったが、その後無事に妊娠が確定した。

 

そんな矢先、自宅に分厚い封筒が届いた。

産科医療補償制度の原因分析の報告の書類だ。

難しい医学用語の中に「子宮下節の菲薄化」という言葉を見つけて血の気が引いた。

妊婦健診に書類を持って行き「これはどういう意味ですか?」と産科医に聞いた。

 

産科医「本物(原因分析の冊子)初めて見たな~!こんなんなんだー!」

(いやいやいや、関心せんで答えてください。)

産科医「そうですね、子宮壁の一部が薄くなっていたということですね。」

VBACなんて無理だ。

だけど、次の子どもを産める体を残してくれたことに心の中で感謝した。

 

そして、帝王切開にて次男が誕生。

が、オペ室で取り上げた次男の鳴きが悪い。テレビで見て感動のご対面と違う。

オペ執刀医「N(NICU)の先生呼んできてー!」

横目で見える赤ちゃんの血色が明らかに悪い。伊吹の介護のおかげで、私の知識レベルが上がっていた。

カンガルーケアはいらないから、早くNICUに連れてって…。心の中で叫んだ。

NICUに運ばれた赤ちゃんには3日間、人工呼吸器が挿管された。

しかし色々あったが、私たちの第2子は母親よりも2週間ほど後に無事退院することができた。

 

晴れて障がい児と赤ちゃんがいる新生活がはじまったのである。

 

お母さんはスーパーマンじゃないといけないのか??

経験のある方もいるであろう、ガルガル期。

新生児がいても我が家の生活はすべて伊吹を中心に時間が組まれている。

そんな我が家は夫の母、つまりは義母と同居をしている。

翌日仕事にしっかり専念してもらうためにも、夜間のケアはすべて私がやっていた。

そこに新たに新生児が加われば、それこそもう医療機器のアラーム音と痰の絡む音と新生児の鳴き声の戦場だ。

 

またこれがタイミングよく伊吹のケアの時に限って次男が泣き出す…。伊吹を待たせて授乳をし、隙を見ては吸引・オムツ替え・体位交換…そして泣き出す次男に授乳…。

いかん、このままじゃ発狂する。

助けてほしいけど2階で寝ている夫と義母を起こすのは忍びない。でも、聞こえん?泣いてる声?ぐるぐると頭の中で葛藤をする。

 

ある日「夫はほかの家庭の夫よりもよく家のことをしてくれているんだから、もうちょっと休ませてあげて。」と言われた。

なにかが切れる音がした。

 

その日から2日間、私は夫に伊吹のことも次男のこともさせず、全部一人でやった。

もう意地だった。

 

「気がおかしくなったんじゃないか?」

 

いい嫁キャンペーン終了のゴングが鳴った。

一つ屋根の下で暮らす以上、言いたいことを言えず暮らすのはこれ以上無理!

夫と話し合って決めた伊吹のケア分担。

どうにもこうにもしようもない。私だって自分の体を大事にしたい。

自分の意見をできるだけ伝えるようにした。

口答えをする嫁の完成だ。

 

結果、年に一度はガチンコでぶつかることが今でもあるが、一緒に買い物や食事、お出かけもする、ほどよい距離感を義母とは築いている、と思う。

これがあの「きょうだい児」というものか

伊吹が一時危篤になった時は、私たちにとって次男を預ける保育園は救世主だった。

在宅介護をしていると、日中の外出なんてできず、児童館ではすでにママグループが構築されている。

私には近くに住むママ友がいなかった。

しかし、保育園なら同年代の子どもたちと一緒に過ごせる上に、家にいるよりも子どもの成長に絶対いい!そう思っていた。

 

保育士「日中、次男くんが荒れていて…ご自宅でなにかありましたか?」

 

3歳の子どもだからあまり伊吹の状況はわからないだろう。

そう思っていた私たちは後悔した。

伊吹にばかり重きを置いていたことを、小さい体でわかっていた。

次男との時間をきちんと作ろう。

両親揃ってお出かけすることは難しいけれど、土日はどちらかが次男を連れていろんなところに出かけよう。

 

健康な次男と行ける場所は、いっぱいあった。

もちろん、伊吹も一緒に家族揃ってのお出かけもいっぱいした。

上野動物園、ディズニーリゾート、近所のお祭り、水族館、温泉旅行、いろんなところにみんなでお出かけをした。

 

年齢を重ねてくると、次男は伊吹におみやげを買ってくるようになった。

 

次男「いぶにぃー!みてー!」「いぶにぃにもおかしあげるね。」(口に突っ込む)

話しかける声はとても柔らかくやさしい口調だ。

 

次男は6歳になるまで伊吹がどうしてベッドの上で生活しているのか、動いたりしゃべったりできないのか聞くことはなかった。

 

きっと彼の中でこれが当たり前なのかもしれない。

 

次男にとっての「障がい児」とは「よくわからない」

出かけ先で車いすに乗る子どもを見かければ、ソワソワしだし、近寄っていこうとする。

そして、次男は伊吹との「違い」をこっそり耳元で教えてくれるようになった。

 

伊吹とおでかけをすれば、自分がバギーを押す!(前、前、前!!!)

伊吹がお風呂に入ると、自分も手伝う!(頼むから気切あたりにお湯かけないでー!)

いぶにぃの隣で寝る!(伊吹を踏まないでぇぇぇぇ!!!)

 

この文章を書くにあたり、小学1年生になった次男に聞いてみた。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

いぶにぃと一緒に遊んだりできないけど、どう思う?

次男「ん~、しかたないよね!」

 

いぶにぃがいると、お父さんとお母さん二人そろって次男とお出かけができないけど、どう思ってる?

次男「それはそうでしょ!たまに寂しいけど、いぶにぃも一緒におでかけすればいいんじゃん!」

 

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最近とても驚かされたことがある。

 

次男「おとうさんとおかあさんがいなくなったら僕がいぶにぃをみなくちゃいけないから、いろいろおぼえないとね!」

 

唖然としつつも「いぶにぃを看るのはお父さんとお母さんのやることだから、次男はいぶにぃのお世話しなくちゃいけないって思わなくていいんだよ。」と答えた。

 

伊吹のことは私たち両親が覚悟を決めて在宅介護を選んだので、次男にその責任を負わせることはしたくない。

もちろん、本人が自然な流れでやりだすのなら問題ないのだが、なぜか私たち両親がいなくなった後の心配をしだしたので思わず笑ってしまった。

 

でも、そんなことを言った次男に心がギュっと苦しくなり、私は思わず抱きしめた。

 

いぶにぃと仲良くしてくれて、ありがとう。

チャーミングケア ラボで行った「親なきあと」の座談会

「成年後見人」と「親なきあと」座談会

この座談会で印象的だったのは、病気や障害のある子どもたちの保護者の方ときょうだいの立場でもある弁護士の藤木和子さんのやりとりだった。

 

きょうだい支援を長年している「NPO法人しぶたね」の代表清田 悠代さんにも少しお話をうかがった。

「そうですね。きょうだいって、どこまで行ってもきょうだいなんですよね。大人になっても、例えばどちらかが亡くなってしまったとしても、きょうだいであるっていう事実は変わらないんです。」

深い言葉だなと感じた。

*NPO法人しぶたね 啓発イベントにて

 

わたしの息子たちは3人兄弟で、長男が白血病に罹患した。

長男の入院している約1年間は、下の二人とはコミュニケーションが途切れてしまった。白血病の治療はずっと入院というわけではないので、一時退院やガラス越しではあるが病院内で面会もできたので全く会っていないわけではない。

だけど、当時幼稚園の年長さんだった次男の不満は爆発した。

 

「なんで病院にばっかり行くの?俺らだって家に帰りたいし、病院ばっかりに付き添って、長男ばっかりずるい!!!」

 

そう懇願した。(下二人は、長男の入院中祖父母の家で見てもらっていた)

どうにかその環境を変えられないか、病院に付き添いながらも家族に説明をしたけれど「子どもだから大丈夫」という認識が強く、結果的に大人が世話がしやすい方法を優先することになってしまった。

そして次男は、幼稚園での対人関係で問題を起こした。

その時わたしは、ちょうど長男への病気の告知時期も重なり、次男・三男にも詳細に長男に起きている病気の状況について話をした。

 

三男は幼く、話を理解しているのか否かという雰囲気だったが、しっかりしている次男は涙を流しながらこう言った。

「それは・・・仕方ないな。オレはさみしいし家で過ごせないのは本当に嫌だけど、死なないから大丈夫。そんなに大変なことになっているなら、病院についていてあげて」

わたしは、申し訳なくて仕方なかった。

ごめんな。なるだけうまくまわるように努力するからねと、ぎゅっと次男三男をするのが精一杯だった。

 

その時のわたしは、長期療養が必要な子どものきょうだいにも支援があることなんて知りもしなかったし、これはきっと「当たり前に母親が乗り越えなければいけないこと」なんだと思っていた。

しかし、長男の闘病に付き添いながら病院の中で病児向けのグッズを販売するECサイトを立ち上げたことをきっかけに色々な情報を目にし、そういった「きょうだいのためのケア」があって、支援をする団体がたくさんあることを知った。

そしてチャーミングケア ラボで先日行った「親なきあと」の座談会で、「大人になったきょうだい」の気持ちについて触れたのだ。

 

この大人になったきょうだいについての問題は、他でも耳にしている。少し前にお話を聞かせてもらい、掲載許可をいただいたのでここに掲載したいと思う。

涙の理由

*この文章は、取材対象の方にご了解を得て掲載しております。

 

少し前のことだ。
我が家が闘病に入る前にちょくちょく来てくれていた某メーカーの訪問販売さん。
彼女は我が家の闘病の事は知らなかったので、留守にしている最中もちょくちょく来てくれていたらしく、ごめんねーと事情を話した。
そしてそれがキッカケでわたしが始めたプロジェクトについて話をした。

 

すると初めて聞いたのだが、なんと彼女は日本で前例のない希少難病のサバイバーだったのだ。

その難病で大人になって出産事例がないらしいのだが、彼女にはお子さんがいる。

そしてさらには、そもそも今もなお生きているのが奇跡なので自分の余命もわからないらしい。

「とりあえず、楽しく生きるしかないですよね。だって、前例ないし。」

と明るく笑う彼女は、とても小柄だけどとても大きく見えた。

わたしの販売しているカテーテルケースを見て、
「私の時にこんなのあったら、きっとお母さん喜んだだろうなー。私は自分が出産する時まで自分の病気の事を詳しく知らなかったんです。その時、あ、お母さん大変だっただろうなって凄い感じました。」

と、なんでも明るく話をしてくれた彼女が涙目になった事が一つだけある。

それはきょうだいの問題だ。

 

「私ね、姉がいるんですけど、ずっと仲が悪くて。あんたが病気になんかなったせいで…って凄い言われててね。でもどうしようもないじゃないですか…何にも言えないですよね。私は小さい頃に2年間入院していたから、その間は家族バラバラで、姉も小さいからもちろん会えなくて。多分色々我慢してたんだと思うんですよね。ほんと最近ですよ。姉にも子どもができたあたりから、だんだん話をするようになってきたの」

 

と涙を溜めながら話をする彼女をみて、あぁ…誰も悪くないのに、みんな頑張ってるのにと強く強く感じた。

彼女にわたしが立ち上げているチャーミングケアの話をして、きょうだいにもきょうだいの気持ちがあって、それをケアする活動もある事を話した。

 

彼女は、
「石嶋さん、私嬉しいです。そういうの知らないで過ごしてきた人沢山いますよ。物にしてもそうだし、そういう活動にしても、きっと疾患の種類なんて関係ないんですよ。みんなに必要な事なんだと思う。とりあえず、私チラシ配りまくります。」

と言ってくれた。

そんな彼女は、小さい頃、医療機器を身につけながら長い期間生活をしていたそうだ。

自分の体に起きているおおよそ大きな異変には気づいていたものの、特に病名や詳しい病気の話は聞かされていなかったのだそう。

 

しかし彼女は振り返ってこう言った。

「私は知らない方がよかったタイプだと思います。きっと私のお母さんは私のことをよく見ていてくれて、そういう決断をしたんだと大人になってから思います。ただ、きょうだいはね。ちょっと違いますよね。我慢させてしまっていたんだろうなって、すごく思うし申し訳ないなとは思いますね。特に自分が親になって感じます。難しいですね。ホント」

 

彼女の話を聞いて、わたしはうちの子にも似た部分があるなと感じた。自分の周りで起こっている全てのことを、どこかで客観的に捉えて見ることができるのだ。

それって実は凄いことで、生きていくためのセンスだとわたしは思う。

病気によって全てがハッピーに回っているとは言えないかもしれない。

だけど、生きていくためのとても大切な何かをそこで子どもたちは学ぶんだなぁと改めて感じた。

そして、自分の病気の話をするよりも彼女にとってはきょうだいの問題の方が大きいように思えた。

 

彼女の涙の理由には、とてももどかしく言葉では表現しようもない色々な思いがあるのだろうなとも、とても強く感じた。

チャーミングケア ラボでは、ポータルサイト「みんなのチャーミングケアラボラトリー」のライターを募集いたします。 

ポートフォリオなどを事務局宛までお送りください。 

(ライティング以外でも歓迎するスキル:文章編集、ワードプレス、画像加工など) 

 

なお、未経験者の方でもご参加していただけるよう「チャーミングケア 研修」を準備しております。

 チャーミングケア 研修では、ライティングの基礎知識や簡単な画像加工、HP制作などお子さんのケアをしながらでもご自分のペースで作業ができる内容を研修し、ステップアップとしてサイト制作に関する作業を有償ボランティアにて行っていただきます。

 

 チャーミングケア ラボは少人数で運営している関係上、募集枠に限りがございますが、一緒にサイトを作ってみたい!という方は、FBのメッセージ宛にご連絡ください。 

 

*募集枠に限りがございます。定員になり次第予告なく募集終了させていただきますことをご了承ください。

 

 

座談会は、第三者的な観点から見ていただく為にも疾患特化型SNS CARE LANDの運営者様2名とチャーミングケアラボからはひよこ屋代表の岩倉さんも交え、住んでいる場所がバラバラということを鑑みWEB座談会形式を採用した。(座談会は、2018年3月に開催した)

疾患特化型SNS CARE LAND

病気・障がいに関わる方を対象としたオンラインコミュニティサイト。(https://careland.org/

現在、登録疾患数は450疾患以上。 完全クローズドな環境を活かし、「情報共有サポート」と「仲間作り」を軸とした様々なコンテンツを展開しています。

CVカテーテル管理ってどうしてた?

今回参加してくれたのは

小児がんを患った経験がある子どもや兄弟をお持ちの女性6人

内訳は、チャーミングケアラボ代表石嶋とマミーズアワーズショップをサポートしてくれている嬉野ほずみさん、同じくショップサイトでコラボレーションしてくれている加藤可奈さんと、現在お子さんが小児がん治療中のお母さん3人です。

簡単な自己紹介の後、少しずつ意見を交換した。

 

みんなのチャーミングケアラボラトリーより転載

http://charmingcare.org/2018/06/15/symposiumvol1/

 

チャーミングケアラボでも取り上げている、予防接種再接種助成問題。

 

 

http://charmingcare.org/2018/07/21/vaccination/

(チャーミングケアラボ)

https://www.huffingtonpost.jp/ishijima-mizuho/fighting-cells_a_23488912/

(ハフポスト掲載記事)

 

がんの子どもを守る会様より厚生労働大臣及び都道府県知事宛に嘆願書を提出していただきました。

 

http://blog.canpan.info/nozomi/archive/471


 

嘆願が出たら終わりというわけではなく、この問題に関して追跡調査をしていこうと考えております。

 

この記事に関して、チャーミングケアラボHPでも掲載しております。

http://charmingcare.org/2018/08/14/vaccine-assistance