舞鶴基地展示訓練 1979/8/25  海上保安庁 | ミリタリーイベント

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過去の各種基地祭、航空祭の写真を掲載していきます。(2019/3/1)
ヤフーブログからの引っ越しです。

舞鶴基地展示訓練 1979/8/25  海上保安庁

 

舞鶴の最後は海上保安庁と民間フェリーを。

 

PM-14  へくら   れぶん型巡視船(Rebun-class patrol vessel)
1951年竣工、1979年解体

 

PL-32    みうら  いず型巡視船(Izu-class patrol vessels)
気象観測・救難任務を目的として建造されたのが本型、昭和41・42年度計画で各1隻が建造。
竣工時は後部上部構造物に気象レーダーを備えていた。巨大レドームは外見上の大きな特徴だったが、昭和53年度に撤去された。
ヘリコプター搭載大型巡視船(PLH)が登場するまでの約10年間、海上保安庁最大の新造巡視船として活躍。
"みうら"は、1993年から1998年解役まで海上保安学校の練習船を兼務。

 

フェリー ライラック
新日本海フェリーの第1船として、冬期の日本海の海況に耐えるため、就航当時日本最大となる10,000トン級のフェリーとして建造。

ウインチの凍結を防ぐことを目的とした船首を覆う遮浪ドームが外観上の特徴だったが、、波がドームのスロープを滑り上がり操舵室の窓ガラスを破壊する欠点が生じその後取り外された。
1970年8月、舞鶴~敦賀~小樽間に週2便で就航。
1975年東九フェリーに売却、フェリー伊豆として東京~小倉を結ぶ直行便に就航。

1977年新日本海フェリーに買い戻され、フェリーライラックとして就航、新潟~小樽航路に就航。

1979年新日本海フェリーの定期航路から引退。

1980年西日本汽船に売却さ、クルーズ客船に改造されゆうとぴあとして就航。

下関港から中国・青島までの「日中友好の船」チャーターで初就航し、青島航路を中心とした日中間の不定期運航や研修船クルーズに用いられた。

1985年12月に下関港にてSHKラインの母体である関光汽船の創業者・入谷豊州の社葬が本船を用い行われている。

1990年代まで運航され、1994年に海外売船され、ギリシャのMed Link Lines、Five Star Lines、アルジェリアのAlgerie Ferriesなどで、船名をPOSEIDON、POSEIDON X、POSEIDON Cと変更しながら地中海などで運航されたが、2008年にインドで解体。

 

  海上自衛隊舞鶴基地 展示訓練 1979/8/25    
               
海上自衛隊   護衛艦 DD-107   むらさめ    
    護衛艦 DD-109   ゆうだち    
    護衛艦 DD-113   やまぐも    
    護衛艦 DD-114   まきぐも    
    護衛艦 DD-121   ゆうぐも    
    護衛艦 DD-167   ながつき    
    護衛艦 DE-211   いすず    
    護衛艦 DE-212   もがみ    
    駆潜艦 PC-311   みずどり    
    駆潜艦 PC-312   やまどり    
    駆潜艦 PC-316   うみどり    
    駆潜艦 PC-320   ひよどり    
    掃海艇 MSC-619   むつれ    
    掃海艇 MSC-620   ちぶり    
    掃海艇 MSC-625   あまみ    
    掃海艇 MSC-627   みなせ    
    掃海艇 MSC-628   いぶき    
    魚雷艇 PT-813   魚雷艇13号    
    海洋観測艇 AGS-5114   海洋観測艇4号 ex.MSC-614  ひらど
    特務船 YAS-64     ex.MSC-607  さきと
    重油船 YO-13   重油船13号    
    曳船 YT-45        
    曳船 YT-54        
海上保安庁   巡視船 PL-32   みうら    
    巡視船 PM-14   へくら    
民間   フェリー ライラック   新日本海フェリー