自分 HISTORY 第29話「ブームの終盤」 | CHAPPA RANKS

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下にオススメのSoundCloud MIXのURLを貼り付けておくので、これをBGMにブログを読んでもらえると良いと思います。

 

https://soundcloud.com/soundtapedotcom/stonelove-1995

 

96年の「さんピンCAMP」でヒップホップは、さらにヒートアップしクラブ・シーンを賑わして行った。

 

と同時に90年代のレゲエ・ブームは終盤を迎える。

 

 

そんな中、MAD MAXが、大手レコード会社のポリスターからオムニバスのアルバム「MAD MAX INTERNATIONAL」をリリースする。

 

俺は、このアルバムの中にカシミアとのコンビ曲「LET'S CHILL」で参加した。

 

ポリスターは「GING GANG GOO」という企画モノのシングルもリリースする。

 

何年のリリースか?は定かではないが、東京レゲエ人数名がこの1曲に参加した。

 

 

 

 

同年に、ジャーマティックから「JAH MATIC ONE」というヴァリアスのアルバムがリリースされ、俺はこの中に「人生は上々」という曲で参加している。

 

「人生は上々」は、自身として2曲目の日本語リリックだった。

 

 

97年に7インチ盤でリリースした「うた」は自身3曲目の日本語リリックだった。

 

 

ブーム終盤とはいえ、その余波の中でライブ、ラバダブ、レコード・プレイなど、レゲエ・クラブを中心とした活動は止まらなかった。

 

 

97年は、95年に開局したばかりの「SHIBUYA FM VOICE 78.4MHz」で、自らが企画&パーソナリティーを務める番組「キガエテ・ラヂオ」がスタートした。

 

 

1時間番組(収録放送)で、オールディーズから最新のレゲエまでを発信していた。

 

何度か番組名や放送日の変更があったが、「SHIBUYA FM VOICE 78.4MHz」でのパーソナリティーは、2013年の廃局まで行なっていた。

 

 

「SHIBUYA FM VOICE 78.4MHz」の企画で、TIMEX(タイメックス)の曲を制作した。

 

RIDDIM TRACKは、DJ HASEBEが作成し、俺がリリック(日本語とパトワのミックス)を作成し、声を入れた。

 

この頃くらいから、レゲエのクラブが次々とクローズし始め、それと同時に営業も無くなって行った。

 

ブームが去ったあとは、嵐が去ったあとのように悲惨で、人々は手の平を返したように冷たくなっていった。

 

数年前に、有ること無いことを言いながら、ニコニコの笑顔で近づいて来た、あの人達は一体、何だったんだろう?

 

俺は、この時のことを生涯忘れることはないだろう。

 

つづく ......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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