ホルコンの科学!? 「パチンコにおけるマインド変革論」 第一話 「感謝の正体(3)」 | ホルコンマスターコウの虎視眈々
2013年02月03日(日) 16時41分47秒

ホルコンの科学!? 「パチンコにおけるマインド変革論」 第一話 「感謝の正体(3)」

テーマ:ホルコンの科学!?

こんにちは。


さて、『ホルコンの科学!? 第一話 「感謝の正体(3)」』
です。

自分でも妙なタイトルをつけたと不思議に思っております (*v.v)。

やる気はありますよw


では、続きですね。

仏教の考え方をパチンコに応用するという罰当たりな手法ではありますが、

仏陀が地上に降ろされた本来の仏教の教義は、

生きとし生けるもの、すべてに共通する法則でしょうから、

会社
や家庭や学校、パチンコでもその応用の範囲であると思います。


私が書き下ろしたパチンコのテキストにつきましては、

昔から様々な宗教書や哲学書が好きでしたので、

自分で理解できるところの、その集大成のようなエッセンスを含んでいます。

ただ、基本的な考え方は仏教がしっくりきますのでその応用が多いです。

物事の本質や成り立ちを見抜く洞察観点ですね。

「何でそうなるのか?」・・・ この観点を深く掘り下げて生まれたのがそれです。


、私も更に進歩したいですので、

昨年からHSグループの考え方を本格的に取り入れることにしました。


キリンビールやパナソニック、ジャパネットさんでも経営が厳しい時勢で、

猛烈に発展しているもの、
ミリオンベストセラーを打ち出しているもの・・・

そりゃ、マネをしたくもなりますわね (*v.v)。

戦後の新興宗教でこれだけ進歩・発展した宗教はありません。

そう、類稀なる実力があるからなんだと思います。


今では大手新聞社の広告にも普通に紹介をされています。

しかし、これは日本の宗教としては、かなりハードルが高いことなんですね。

一定の社会的な信用がなければ大手新聞社の広告に掲載されません。

私が知らない間にテレ番組まで放送を開始しました。

HSグループの理念が理解できないという方々もおられるでしょうけど、

れは、間違いなく時代遅れになると、私はそう思います。


意味不明の念仏を唱える日々や、高額な壷や仏壇買わされるような、

そう、詐欺宗教の時代は終わりつつあります。


人間の魂の起源やルーツ、あの世の明確な説明もできないような、

金儲け至上主義の似非宗教の時代は幕を閉じるのです。


「インチキ宗教の文句は、HSグループに言え!」ということで、

日本宗教だけではなく世界宗教の在り方についても、「本物の宗教」が応えます。

そうした時代になっているということを、知って頂きたいと思うのですね


そうしたことを前提に話を戻します (*v.v)。


『仏教では、心の三毒である「貪・瞋・癡」、に「慢・疑・悪見を追加して、

人間を不幸にする六大煩悩と言われています。』

前回のテーマでこの話をしました。


煩悩が
人間を不幸にする原因や元凶であるという説ですね。

特に、パチンコなどのギャンブルにおいては、

そうした「人間の汚れた心の思い」というのものが表面化しやすいと言えます。

私も人間ですから、「イラっとする」という感情もありますし、そうした表現はします。

自分の思い通りにならないのでイラつくわけですね。

実は、ここにも反省点があるのではないかという考え方をするようになりました。

そうですね。自己中心的な考え方ではあります。


例えば、「私はパチンコの分野ではマスターと呼ばれているので、

どのような環境下でも結果を出さなければならない。」

確かにそうです。結果を出さないとダメですし、信用もありません。


しかし、その考え方を履き違えると・・・

わしはマスターなので当たりのほうから寄ってこないとおかしい。」

極端な考え方ではありますが、このような錯覚をすることもあるかもしれません。


或いは・・・

「マスターが来店しているのだから、出玉のアピールをしなホールはアホだ。」

このような考え方も・・・ おかしいですね。


現実の問題として、ホール側としては試したい気持ちのほうが強いでしょう。

完全確率以外の理屈や理論で当ててもらったら困るわけですからね。

ですから、「当たりを飛ばしたり確率の変更をしたりして試してみる・・・

そういうことのほうが多いように思いますし、私であればそうします。



もいろいろと考えますので発想の範囲は広いつもりですけど、

物事の本質や性質を考えたときに、普通に考えて、常識で考えて、

という発想を「基本軸」に置いたほうがよいかと思うのですね。


では、話を戻します。

個人的な問題や自己本位で「イラっとする」ということは、

仏教の考え方から言えば、「
瞋=私的に怒る心」に近いでしょう。


自分の都合で怒る・・・ 以前のブログの「ハゲ」の問題もそれに近いですね。

自分のプライドを貶められた自分のアイデンティティーを侵害された。

世の中にはいくらでもある話です。

いちいちそれらに過剰反応をしていたら身がもちません。

瞬間湯沸かし器のように直ぐにカッとなるような精神的な傾向性があることは、

そう、人間として不幸であるということです。

「怒れる心」と、「穏やかな心」、「冷静な心」は反発します。



一般的に、人間が怒りまくっているときには冷静な判断ができません。

冷静な判断ができないということは、正しい判断もできにくくなる、ということです。

パチンコで熱くなると「負け地獄」に直結するというのもこの理屈ですね。

イライラしても怒ってもいいことはあまりありません。


パチンコの分野でもそうで、「怒れる心」、この修正や統御をするということ、

カオスでもみなさんの成績がよいときには平均値として「冷静さ」があります。

「今日は冷静な台の分析や選択ができました!」

「イラつくこともなくキチンと順番を待って当ることがきました!」

「冷静に考えみると、何であの台が先に当たったのかが理解できました!」


これはカオスが証明できる理屈になりえます。

「怒れる心」を制御することによって、パチンコでもよい結果を出せるようになる。

奥深い話ではありますが、みなさんにそれを再確認して頂きたいです。

今後も実例を交えながらそうした話をしていきます。


では、次回は「貪る心」というテーマで書きます。


ありがとうございました。



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