それでもやっぱり「的中率」と「嘘の反作用」について思うこと | ホルコンマスターコウの虎視眈々
2012年06月11日(月) 04時59分04秒

それでもやっぱり「的中率」と「嘘の反作用」について思うこと

テーマ:研究観察

おはようございます。

今回は、「研究観察」のテーマです。


実は、昨夜にある方からメッセージを頂きまして、

年々とパチンコ事情が厳しくなるので、それらに対して「低投資」という考え方、

そうしたことを前面に出したらいかがでしょうかと・・・

そのためにカオスができることは何か・・・ みたいな内容でした。


ちょっと主旨が変わるのですが、私が危惧することはデメリットなのですね。

簡単に書けば・・・

「1000円で当たるパチンコ脳ミソの・・・」

「お仲間はみんな低投資で勝ってるよ・・・」


そこで松風さんの登場です。

今回のことで、毎回のように松風さんの言葉には考えさせられました。

本心で思われているので私に伝わります。

彼はパチンコでの射幸心に煽られることの危険性を訴えられています。


カオスが「低投資」という言葉をあまり使わない意味・・・

実は、当たるときには、1回転でも2回転でも当たっています。

それが2台も3台も続くこともあります。

ジャグラーなどでも基本1000円以上は打ちません。


敢えて、「低投資」で当てているということを伏せることが多いのですね。

実際には、どこかの団体より「低投資」かもしれません。


それで、他のパチンコのサイトやブログを見るとアホらしくなりますわね。

パチンコで射幸心を煽らない思想の団体でも普通に煽っています。

何をやっているのだか・・・ そう思われる方々も多いでしょう。


結局は、私達も含め、パチンコの内容を記事として書いている人間は、

パチンコのデメリットについての勧告などをする資格はないのかもしれません。

それでも、できるだけパチンコ依存症や、

パチンコで不幸になったり、何かの犠牲を払う方々を減らしたいと考え、

今後の課題として取り組んで行きたいと考えています。


カオスの基本理念は・・・

「どの道はパチンコをされるのであれば、負ける金額を減らして頂きたい。」

「できれば、毎月3万円でも5万円でもプラス収支にして頂きたい。」

「そして、一定の努力の結果、パチンコが向かないと判断されたら止めて欲しい。」


昔からも言ってきましたように、いつまでも言い続ける話です。

そこには、冷たいようですが、どうしても「自己責任」という要素が発生します。

それは難しい問題であり、個人の性格や考え方の問題でもあり、

今回は私も上手に説明できる自信がありません。

一言で、「自己責任」と片付けられることでもないとは思います。


さて、「低投資」の話に戻ります。

以前の記事で書きましたように、

カオスでは、「低投資」という概念は結果論であると解釈しています。

結果としての「低投資」へ至る過程があるのですが、

その出発地点を、「的中率」という概念で定義しているという話です。


私も同じ事を何度も書きたくはないので手抜きをしますけれど・・・

例えば、1台当たりの平均投資金額を1000円に設定するとします。

それで、何台打って、何台当てれるか?・・・ という意味ですね。


Aさんは、結果的に、5台目で当たりました。単発。

Bさんは、結果的に、2台目で当たりました。単発。


Aさんの投資金額は5000円です。Bさんの投資金額は2000円です。

普通に考えて、Bさんのほうが勝っている金額が多いでしょう。


ここがミソなのですが・・・

1台当たりの投資金額は、AさんもBさんも同じ1000円です。

はい、「より少ない台数を打って当てることができる人」が、

結果的に勝てる金額が多くなる、という単純な話です。

それが、「的中率」なんですね。


それで、少ない投資金額で当てることができる技術が優れているか・・・

そりゃそうですね。

連チャンなどの伸び率を吟味しても平均値を考えたらそうなるでしょう。


何とか理論は「低投資」が極意・・・ そんな話も聞きますけど・・・

別に他の何かと比較しても、自慢になるほどの数値でもないような気もします。


それはなぜか?

そう、「的中率」という概念が存在していないように思えるからです。

ちなみに、別にアピールをする意味ではないのですが、

以前からの「なぞなぞ」も含めて、

部外者の方々からの回答は一件も来ていません。

それ故に、「的中率」という概念や「消去選択の技術」という技術論が、

結局のところ、10年以上前から存在していたという噂が「嘘」であると、

そうした結論に近付いています。


私が相手の立場であって、本当にカオスの技術論が二番煎じであれば、

それはもう喜んで二番煎じという証拠リンクや論文を書きまくります。

「ほら、199×年の○○○掲示板に書いてあるでしょ?」って・・・

なぜ、誰も、何も言ってこないのでしょう?

身内でも調べましたけど・・・ 検索にも出てこないですね。


では、それはやはり「嘘」だったのか?

それを追求されたらどうするのでしょう?

私だったら耐えられません。


結局は、「嘘」は自分に跳ね返るということだと思うのです。

私が平気で嘘を吐く人と付き合いたくない気持ち・・・

それは、その人が後々に苦しむからです。

その作用が強ければ、それに応じて反作用も長引きます。

それを見たくもないし、聞きたくもない・・・ だから嫌なんですね。


そういう私もラクダの骨のような人間ですが、

できるだけ反作用で苦しまなくていいように、「嘘」のない生き方を心掛けています。


以上、「的中率」の概念の再確認と、「嘘の反作用」について思うことでした。


ありがとうございました。


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