2001年夫婦世界旅行―妻編」が入っているPCは故障中。で、世界旅行記は中断中。(バックナンバーを読んだろう!と思ってくださる方はこちらから入れます。part1。)

で、今は別件の、2004年、姪と2人で行った「見栄っパリ旅行」の細切れな話を少々続けています。


60-① 肖像画いろいろ(シュノンソー城) 



城の中には何枚もの肖像画が飾られていた。名前がわかるものもあれば、わからないものもあり、後で調べよう~と、とりあえず写真を撮りまくってみたものの、ほとんどピンボケ!><

その中でも何とか顔形が判別できるものをご紹介します。



アンリ2世の愛人ポワティエ
(↑ アンリ2世の愛妾、ディアンヌ・ド・ポワティエの肖像)



↑ 写真は少々(?)ぼけているが、シュノンソー城第1代目城主で、アンリ2世の愛人だったディアンヌ・ド・ポワティエキラキラ

永遠の美女」と言われた彼女の美しさはおおよそわかるかな?ラブラブ!

彼女はアンリ2世の死後、正妻カトリーヌによってシュノンソー城を追い出されるが、Σ(・ω・ノ)ノ!

彼女があまりに「いい人」なので、カトリーヌも彼女にひどいことはできず、シュノンソー城よりもいい城を与えたという。天使

注: ↑この情報源は、メモにもアルバムにも書きとめていなかったので、今となってはどこから得た情報なのか、わかりません。“シュノンソー城よりもいい城”がどこなのかも不明です。あしからず。ガーン



つまり、カトリーヌはこのシュノンソー城そのものがほしくてディアンヌを追い出したのではなく

夫が買い与えた城に愛人が住んでいる」ということが許せなかったのではなかったのか?えっ

夫の城」に、自分ではなく愛人が「女城主」としてが納まっていることが許せなかったのではないだろうか?( ・д・)/--=≡(((卍



カトリーヌの立場で考えれば、メガネ

自分が嫁いだときには、昔から家庭教師として夫の傍にいた女性が、愛人として夫の心を鷲掴みにしていたわけだ。(><;)

しかもその女性は性格もよくて美人天使ときている。アップ

これは辛かろう。ダウン



結局、カトリーヌは夫アンリ2世とは不仲だったらしい。ショック!

夫の死後、愛人と夫の睦み合ったであろう城に乗り込み、愛人を追い出し、そこに愛されなかった自分が住み着くとは、なんとも痛ましい。o(TωT )

しかし、カトリーヌは夫アンリ2世の死後、執政として政治の表舞台で活躍したということだから、“ただ男に愛される女”としてより、社会的には有意義に生きたのかもしれない。シラー

愛のない夫との間に生まれた我が子に愛を注ぎ、政治において己の能力を発揮できたという点ではしあわせな女だったかもしれない。(=⌒▽⌒=)

(彼女が占いに凝っていて、ノストラダムスも当時占星術師として彼女に重用されていたというのも、面白い。べーっだ!

参考: ウィキペディア「カトリーヌ・ド・メディシス」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8C%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%82%B9

                

 
シュノンソー城何代目かの女性?
(↑ 名前不詳)


↑ 写真は、何代目だか不明だが、おそらくシュノンソーの城主だった女性のうちの1人。得意げ


……それにしても、ちょっと肌の露出が多くないか?えっラブラブ

城主たるもの、こんなアラレモナイ姿でよいものなのか? むっキス

……ま、いっか。フランスだし。中世だし
ニコニコドキドキ

 

ルイ14世の肖像画
(↑ ルイ14世の肖像画)


↑ 写真は、ルイ14世が城主に贈ったというルイ14世(1643~1715)の肖像画。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

(何代目の城主に贈ったかは未確認。ルイ14世の時代から考えると、多分4代目の頃ではなかろうか?はてなマーク

しかし、なんとも豪勢な額縁! コッテコテである。キンキラキンである。キラキラ( ̄_ ̄ i)

さすが太陽王!晴れ

ポーズも決まっている!(?)にひひ



しかし、自分の姿を頼まれてもいないのに相手に贈るって、

そういう人は自己愛がよっぽど強いのではないだろうか。サンダル



「僕ちゃんの肖像画を、あ・げ・る♡ 」と贈られて嬉しいのは、

愛する人の肖像画か、超権力者の肖像画くらいなものだろうね。にひひ

当時ルイ14世からルイ14世の肖像画を贈られるなんてことは、水戸黄門から三つ葉葵の印籠を贈られるようなものかしらね。アップ

贈られた方は恐悦至極だったことだろう。ベル




余談だが、なぜここに「ルイ14世」の肖像画なのか…という疑問について:!?



シュノンソー城第2代城主、カトリーヌ・ド・メディシスは誰あろう、1533年フランスにイタリアからバレーを持ち込んだ人( ̄□ ̄;)!!

ルイ14世はバレエに魅せられ、自らもバレーダンサーだった。えっ

もしかしたら、ルイ14世の方がカトリーヌ・ド・メディシスに心酔していたのではなかろうか? 天使

それで、「朕は国家なり!」と言いきっちゃうナルシスト、ルイ14世ちゃんとしては、カトリーヌに対する感謝の気持ちを、“自分の肖像画を贈る”ということで表したのではなかろうか。プレゼント



参考: 

映画「王は踊る」 

ウィキイペディアルイ14世――(バレエと太陽王)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A414%E4%B8%96_(%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%8E%8B)


                  つづく
        前(part59)へ        次(part61)へ
AD

コメント(6)