骨折して思ったこと

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骨折して思ったこと

 

右足の小指を骨折し、簡易ギプスとなったとき、あせる

普通の靴が履けなくなったので、

病院は簡易スリッパを切って細工してくれた。チョキ

不織布製のような軽いスリッパにガムテープで。

 

ありがたくぺったんぺったん、病院を後にし、あせる

痛い足をびっこひゃっこひきずりながら、

まずはギプスと包帯で大きくなった足が入るサンダルを探して歩いた。あせるあせる右足

 

幸い我が家は商店街の中にあるので、

靴屋さんも数軒あり、

2件目でLサイズのクロックスのようなサンダルを見つけることができたのだが、チョキ

もし閑静な住宅街になど住んでいたら、

サンダルを買いに行くだけでも大変だ。あせるショボーン

 

今回、幸いお天気だったから買物もスムーズに済んだが、チョキ

雨でも降っていたら、布製のスリッパはすぐに濡れてしまっただろうし、

とても歩いて探すことなどできなかったろう。ショボーン

骨折したとき、病院で治療中の足に合うサイズのサンダルでも売ってくれたらいいのになぁ。。。と思ったことであった。ひらめき電球

 

で、

骨折から1ヶ月後、

整形外科医師の見立て通り、骨はなんとかくっついたようだった。ベル

 

ギプスはもうとっていいですよと外され、

脱ぎたてのギプスと包帯をそのまま、まるで付き返すように渡された。えっ

この“使用後”の物らを持って帰るの?汗

――せめてビニール袋などに入れて渡してくれればいいのにぃ。ショボーン

 

もう普通の靴を履いて普通に生活していいですよ、と言われる。

「でも、足を踏まれないで下さいね」と、先生はノタマウ。えっ

 

普通に生活してラッシュアワーの電車に乗ったら、足だって踏まれかねない。

で、「踏まれたらどうなるんですか?」と聞いてみると、

「手術です」と恐ろしいことをポンと仰る。ポーン

 

げげげ! それじゃ、完璧に治るまでギプスさせてくださいよぉぉぉ!ゲッソリ

と心の中で叫ぶ。

 

もうとっととお帰りなさいというムードの先生にお礼を言って診察室を出るも、あせる

はたとギプスを外された右足が、

大きなサンダルの中でガポガポすることに気づく。えっ

 

まさかその日ギプスを外されると思わなかったので、

普通の靴も靴下も用意していなかった。汗

ガポガポのサンダルでうっかり躓いたり小指を打ったりしたら大変だ。あせる

仕方なく、病院の待合室で、自分でギプスと包帯を巻いて、

元通りのでかいギプス足に戻してサンダルを履く。あせる

待合室で自分に包帯を巻いている私って、なに……?ガーン

 

病院とはこういうものだろうか。

至れり尽くせりの心配りを求めるのが間違っているのだろうか。ショボーン

いかんせん、

骨はくっついたのだ。チョキ

やれやれ。

……と思ったのだが、

 

ギプスの取れた足をよく見ると、

骨折したのは小指だけなのに、

親指から小指までの指の付け根から足の甲にかけて

もったり腫れていた。滝汗

触ると痛い。

片膝つく動作(=足の指を深く曲げる状態)が痛くて出来なかった。

 

先生だってこの足を診ていただろうに、ノーコメントだった。

もしかして、長くギプスしていた後遺症なのだろうか?

あるいは、小指以外の骨も折れていたのか? 

と俄かに不安に。アセアセ

 

で、ブロ友さんの勧めもあり、

別の病院を受診。グー

 

骨はくっついていたし、

他の足の指も大丈夫だった。

ただ骨折したときは

私のように骨折したところ以外も腫れが残ることがあるそうで、

それも後1ヶ月~半年くらい残るそうで。びっくり

 

そういうものなのかとわかると

急に気持ちが楽になり、

痛みも怖くなくなったのであった。チョキ

 

ギプスを外したときに、

先生が「ちょっと腫れているようだけど」と腫れを指摘して

どのくらいで引くかなど一言言っておいてくれたら、

こんなに不安になることもなかったのに……と思うのだ。ショボーン

 

今回学んだこと:

 

人(年齢)によって違いはあるものの、

骨折は約1ヶ月(~半年)でとりあえずくっつく。天使

簡易ギプスといえども、ギプスを外して足を洗ってはならない。注意

 

 

1ヶ月で骨がくっついても、油断大敵。注意

外出の時などは、さらに1ヶ月ほどはギプスをしておいた方が安全。

 

その後骨折箇所以外に腫れが残ることもあるが、1ヶ月~半年くらいで治る。チョキ

湿布などして過ごすとよい。

 

ギプスを外されるかもしれない頃に病院へ行くときは、

履き替えられる普通の靴も持参する。注意

 

 

であった。ニヤリ

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(いまさらながらだが、2016年秋の旅行記の続き)

2016年秋 仙台・気仙沼旅行 12 ズンダったヅンダった♪

 

青葉城址からバスに乗って駅周辺まで帰ってくる。バス

その道すがら、

青葉山が結構なお山であることを再認識。大山

バスだからいいけれど、

これ、昔、武士たちは、お城までの道を登ったり下りたり、アップダウンダッシュダッシュ

さぞ通勤は大変だったろうね。あせる

山の途中に家臣たちの住居跡らしきものもなし。

武士たちの家々は麓にあったに違いないよね?

青葉山の往復…片道どのくらいかけて行き来していたのやら?はてなマークダッシュ

マイカー通勤ならぬ、マイホース通勤できるお武家様ならよいけれど、競馬

徒歩組は、ダッシュ

健脚でなければお城勤めもあいならなかったことであろうね 。あせる

 

ってなことをおしゃべりしながら、辿り着いた仙台駅周辺。

仙台の街路樹は槿が多かった。ハイビスカス

槿が街路樹に使われているのは、初めて見た。

花の咲く街路樹って、いいよね♪

 

仙台と言ったら、私はなんといってもズンダラブ

ズンダだっちゃ!ラブラブ

 

ズンダとは、

枝豆を擂り潰してペースト状にしたもの。

ズンダは宮城に限ったものではないらしいが、

関東に住んでいると、「ズンダ餅」というと「仙台」のイメージが強いし、

仙台のズンダ餅しか手に入らない。見かけない。(→o←)ゞ

そもそも「ズンダ」自体がなかなか手に入らない。(ノ_・。)

自分で作ると、と~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っても大変。あせるあせるあせるあせるあせるあせるガックリ

 

なので、仙台に行ったら、私はズンダを味わいまくるのであった。グー

毎日ズンダ!ドキドキ 時間の許す限りズンダ!ドキドキ

ズンダシェイク、ズンダ餅、ズンダアイス!ラブラブ音譜

ズンダ、ズンダ、ズンダ!ラブラブヽ(゜▽、゜)ノ

ズンダ、これほど美しい色合いがあろうか!

食べるエメラルドや~。うっとりしてしまう。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

 

駅中や青葉城址でもズンダは色々食したが、

どれもそれぞれ美味しかった。チョキ

しかし、究めつけは、

友達が見つけてきた「村上屋」さん。

「づんだ餅」と“づんだ”色の暖簾が掛っているけれど、

(「んだ」でなくて、「んだ」なのね。あせる

庇の上には「」の一言!目

 

そう、ここは餅が凄かった!グー

ズンダ餅屋というより、「餅」ありきの店という感じ。

黒ゴマ、づんだ、クルミの三種の餅。

きれいでしょ♪ 美味しそうでしょ♪ 美味しいよ~。ウシシ

搗きたての餅というものを私は一度も食べたことがないのだが、

これか! という感じ。ビックリマーク

 

もっち~!としていて、しっかりもちもちとした歯ごたえがある。

ちょっとやそっとでは箸で切れない。あせる

――友曰く、箸がしっかり扱えれば、なんなく餅は切れるとのことで、

彼女は涼しい顔をして上手に箸で餅を切り食べていたが、えっ

私や隣の席の若い女の子たちは、悪戦苦闘。結局スプーンできしきし切るようにして食べたのであった。あせる

 

これが、これこそが「づんだ餅」というべし! って感じ。ベル

駅辺りで食べられるずんだ餅は、もう別物。|彡サッ

餅が違う。駅中で食べられるズンダ餅は、“餅もどき”?って感じ。あせる

もちろん食べやすくて、それはそれで十分満足の美味しさであるが、

(おやつ代わりにはむしろあちらの軽さの方が受けるかもしれない)

「餅」といったら、村上屋でしょ。 と軍配をあげざるを得まい。軍配

 

ついでに頼んでみた“づんだ羊羹”。

これも美味しかった。ラブ

 

が、

心の中で、これは私が作るのと同じくらいの美味しさね……と思ったのは

ここだけの話。ゲラゲラ

 

 

 

今回、生ホヤが食べられなかったのは残念だが、

ズンダ三昧もできて、

素晴らしい餅も味わえ、感謝感謝なのであった。(。-人-。)

 

 

それにしても、今回気仙沼と仙台を少々歩いただけだったが、

被災地は、まだまだまだまだ平静な日常生活ができる状態を取り戻したとは言えないと見えた。汗

仙台と気仙沼との間の道は、バスから見ただけでも、

瓦礫を詰めたと思われる黒い袋が山積みになっていたり、汗

まだまだ工事中だったり。汗

放射線はいかんともしがたいのかもしれないが、

それ以外の部分、

しっかりフォローするっきゃないっしょ!パンチ!

急いでせにゃ! と思う。

もう何年経ったことか!パンチ!パンチ!パンチ!

 

政治家さんたちの醜聞てんこ盛りの弁解やら、心無い失言やら、

そのことで時間と税金を使う無駄遣いが目に余る昨今。

そんなことに使うお金があったら、有意義に復興やら防災やら非暴力のために、

難病やら介護に苦しむ人々のために、

将来の不安に脅えないで済むよう国民の生活のために、

税金を使ってほしいものだ。

 

とりあえず、仙台・気仙沼旅行記、これにて終了なり

だらだら旅行記に、おつきあいありがとうございました。グラサン

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(いまさらながらだが、2016年秋の旅行記の続き)

2016年秋 仙台・気仙沼旅行 11 仙台四郎

 

青葉城址を訪れてみた。走る人

大震災により被害があったとは聞いていたが、

どこか崩れたようにも見えない見事な石垣。キラキラ

石と石とがびっちりとくっついている。

 

“お決まり”の伊達政宗像も拝見。目

大きな三日月が付いた兜は、戦の際、邪魔ではなかったのだろうか?あせる

 

 

狛犬も縦にほっそりとした、あまり犬っぽくない感じ。

 

 

青葉城資料展示館が面白そうだったのだけど、

なぜかこの日、私はあまり気分が乗らず、ダウン

(朝早く気仙沼から仙台まで移動したので疲れていたのかも?ガーン

なぜか見学に身が入らず、ダウン

折角の資料館の展示がどうも頭に入ってこず、汗

じっくり見たそうな友を残して、ひとりさっさと出口へ向ったら、

見つけた。ひらめき電球クラッカー

仙台四郎」とな。びっくり

こういう“なんじゃ、こりゃ?”的なものが好きなのよ~♡爆  笑

 

しかも、この年齢不詳の男の像が何万という値で売られている。¥びっくり

実在した福の神」とな?

いったい仙台四郎とは何者??

山下清的存在だったのかな???

 

仙台四郎なる人物のことは、今回初めて知った。ビックリマーク

 

後日調べたら、

仙台四郎(「仙臺四郎」) とは、

1855年頃 - 1902年頃(江戸時代末から明治時代)に

現在の宮城県仙台市に実在した人物の通称、とな。びっくり

知的障害があり会話能力が低かったが、四郎が訪れる店は繁盛するとして存命中から各地でもてなされた、とな。ウインク

(これは、四郎が好き勝手に店のものを食べたり飲んだりしたら、後で彼の家の人がちゃんと払いに来たから、お店にとって四郎はありがたい客だったということもあったらしい。お金

「四郎ばか」と馬鹿にされることもあったようだが、素直な性格と笑顔で多くの人から愛されたようだ。ドキドキ

没後、商売繁盛のご利益がある福の神とみなされ、「仙臺四郎(仙台四郎)」と名付けられてその写真等が飾られるようになった、とな。カメラ

 

明治時代とはいえ、一介の無垢な知的障害のある男の写真が、

プロマイドよろしく売買されていたとは、驚きである。びっくり

(ネットより拝借画像。仙台四郎30歳の頃の写真……らしい。)

 

ううむ……。 私はちょっと飾る気になれないが。(^_^;)

 

それにしても、

障害があるからと馬鹿にして顧みないのではなく、

「福の神」としてその笑顔を愛し、彼に暖かく接したであろう仙台の人々って

素敵だなぁと思う。ラブラブ

――しかし、「商売繁盛」という損得勘定がその裏にあったかもしれないことを思うと、

ちょっと複雑。ニヤ

しかし、最近つくづく、人というのは、損得で動くものだなぁとも思う。

かくいう私もその一人に違いない。 汗

 

「得」と「徳」は、もしかして通じるところがあるのかも……?ねー

 

 

今回、仙台駅近くの商店街の中にあるホテルに宿泊したのだったが、

地図をプリントアウトしていくのを忘れた私は、

ホテルを通り過ぎて道に迷った。あせる

その際、商店街のアーケードの中に寺院があったのに、びっくりした。ポーン

三瀧山不動院(ミタキサンフドウイン)」。

 

商店街に並んでいるのが、お店ではなく山門(?)。びっくり

奥の方に寺院があるようだ。

なんじゃこりゃ? とワクワクなスポットだったが、爆  笑

ホテルが見つからず焦っていたので、あせる

参拝することもなくこの不動院の前を行ったり来たりするばかりだったのだが、走る人走る人走る人あせる

 

後日調べていたら、

なんと、

「仙台四郎像」がこの寺院に祭られているらしい!ビックリマーク

手前の方になにやら小物グッズが売られているように見えたが、

あれらが「仙台四郎グッズ」だったかもしれない。

……手前まで行きながら、素通りする私は、やはり福の神に縁がなさそうだ。ガックリ

 

 

「仙台四郎」の存在を知ってから、仙台駅に“駅員姿の仙台四郎像”発見。

今まで目にも止まらなかったのに。σ(^_^;)

 

「福の神」とは、自分の幸せに気づかせてくれるもの。ひらめき電球

幸せとは、自分の幸せに気づくこと……じゃないのかな。ひらめき電球

 

……なんて思った仙台四郎発見の旅でありました。ゲラゲラ

 

追記:

仙台四郎をググっていたら、

仙台四郎の子孫によるサイトを見つけた!びっくり

仙台四郎の長兄の玄孫(ヤシャゴ)にあたる方のブログですと!

仙台四郎.jp

 

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