幸せになるのはハードルが高いので不幸を除去していこう | ASDの中年男性の人生の生き方。ときどき投資。

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シェアハウスで社会不適合者たちと暮らしています。発達障害(ASD)だから社会に適応できません。どうやら唯一トレードが好きだから、ひたすらトレードしてるかなぁ。

最近は大自然の中で農作業が主です。最近生きやすくなりました!

「人生の目的は幸せになるため」という一部の意見がありますが、幸せってなんかハードルが高いです。


「あ、いいな〜」とか「こういうの好きだな」とか、そういう雰囲気が好きです。


日常でイライラするもの、ムシャクシャするもの、腹が立つもの、そういう日常生活で害になるものを片付けたいものです。


人生は勝手に時間が進むし、時が経過すれば何かしら状況も変わりますし。その都度対応する感じでいい。


自分の手で幸せを掴み取ることは、あくまで現時点での自分の定義した幸せでの範疇であって、それが未来の自分にとっては「幸せ」ではなかったという経験もしました。だから「幸せ」を求めて生きるのは、なんか自分はしっくりきません。


だから不愉快なものを片付ける生活をしたほうが、よっぽど建設的に思えます。たとえば、ウンコを我慢しないて排便するとか、ザワザワするものを処分するとか。


「幸せ」って、結局のところ自分のためになってないで、むしろダメ人間になる要素があるのがオモシロイなと思います。