「立正大学グリーンブック」に掲載して頂きました。 | 元U-20ホンジュラス代表GKコーチ・山野陽嗣の「世界一危険な国での挑戦」

「立正大学グリーンブック」に掲載して頂きました。



「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -立正大学グリーンブック2012



 この度、立正大学グリーンブックに経済学部の卒業生として掲載して頂きました。

立正大学グリーンブックとは、【
立正大学のブランドビジョン『「モラリスト×エキスパート」を育む』を骨子として、アカデミックな視点で編集している年1回発行の冊子です。大学として取り組んでいる「ケアロジー」、事業活動、歴史、組織、そして学部学科・大学院・研究機関の紹介、活躍している卒業生や学生の紹介、キャンパス紹介など、この一冊で、立正大学の現在の全貌を概観できます。公開講座にご参加の方や、来訪される教育関係の方々、行政機関、プレスなどのマスコミ関係など、多くの 方々にご提供しています】(以上、大学公式HPより抜粋)


 思えば自分はサッカーの弱小校(高校)出身で、立正大学体育会サッカー部も、いわゆる「スポーツ推薦」での入部ではなく、一般入試で大学に入学し、監督に「直談判」して入部が認められた「一般入部」でした。「認められた」とは言っても、実は、入学当時ヘタクソだった自分は、1年生の時は正式な部員として認めてもらえず、「仮入部員」として1年間アピールを続け、2年生になってようやく正式な部員として認められ、チームジャージを受け取った…というエピソードがあります。1年間、耐え続けて、2年生になってやっと正式部員として認められてチームジャージを手に入れた瞬間は…本当に、感動しました。

 「アピール」と言えば、「カス的存在」だった1年生の時は、田んぼに落ちたボールを裸足で拾いに行ったり、無くなって誰も見つけられないボールを自分が見つけたり…そんな事さえも「アピール」と思って貪欲にやってましたからね。

 同じサッカー部の同級生の安英学(元アルビレックス新潟。現柏レイソル)や1つ上の先輩の新井健二さん(元アルビレックス新潟。現ホームユナイテッド)が、不動のレギュラーとして大活躍する中、対照的に自分は2年間ずっとBチーム以下で、「最もヘタクソなGK」扱い…。当然、公式戦にも全く出場する事ができませんでした。

 そんな中でも「絶対にレギュラーになって活躍して、プロサッカー選手になる」という強固な目標と夢を胸に戦い続け、3年生になってついに初めてのAチーム昇格&公式戦デビュー。4年生時には「背番号1」を与えられ、立正大学体育会サッカー部として実に「15年ぶり」に復帰した関東2部リーグの舞台で、開幕戦からの出場を果たしました。

「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -立正大学サッカー部2001



 そもそも弱小校出身という事で、「大学でサッカーを続ける」という事自体に親はもちろん、大半の人が「お前には無理だからやめろ」と大反対でした。とにかく、僕がサッカーを続ける事に肯定的な人は、ほとんどいなかったです。「何が何でも、周囲を認めさせてやる」…尋常じゃないほどの「反骨精神」で、大学4年間を戦い抜きました。

 立正大学が無ければ、今の自分はありません。

 学生時代に1998年~2002年までの4年間、GKコーチとして2009年2月から2010年5月までの1年3ヶ月間…合計5年以上、立正大学にはお世話になりました。

 「サッカー人」としての基盤を作ってくれたのが立正大学ですし、海外から帰ってきて人生の<ターニングポイント >に立っていた自分に、「GKコーチ」として生きる道を作ってくれたのも立正大学 です。

 先週はブラジルW杯最終予選のオマーン戦を控える日本代表と練習試合を行なった立正大学体育会サッカー部…。※詳しくは→<こちら!

 「母校」・立正大学の更なる飛躍を心から応援しています!!


※なお「立正大学グリーンブック」は大学公式HP内で<オンライン閲覧 >もできます。自身が掲載されている「2012年度版」、詳しい内容は→<こちら >(14ページ目に掲載)!


「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -立正大学グリーンブック2012!②