映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」 | champagne-bar-tritonのブログ 映画と観劇と浜田省吾

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大戦間期、若き英国人記者が目撃した、ソビエト連邦の偽りの繁栄。
名も無き者が命を懸けて暴きたかった、歴史の闇を照らし出す戦慄の実話。


世界恐慌下の1930年代、スターリン体制のソ連で決死の潜入取材を行った、イギリス人ジャーナリストの実録ドラマ。


映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」

 


冒頭、豚小屋を見つめながら、ある男が物語を綴っているところから始まる。


かつてヒトラーに取材した経験を持つ、若き英国人記者ガレス・ジョーンズ。
1933年、世界恐慌の嵐が吹き荒れる中、彼には大いなる疑問があった。


なぜ、スターリンが統治するソビエト連邦だけが、繁栄しているのか。
その謎を解くため、ジョーンズは単身モスクワを訪れる。行動力のある男。


同じ記者仲間のポールは、一足先に何か重要な情報を捕えたようだったが。
不可解な死を遂げており、謎だらけ。明らかにアウェイな状態。
ソ連は、極端に外国人を警戒しており、諜報活動にピリピリしていた。


そこで、当地の外国人記者を統括する、ニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長、デュランティと出会う。
さらに、部下である新進気鋭の女性若手記者、エイダとも知り合う。


記者が集まるパーティーに招待されたジョーンズだが、乱交パーティーか、ってほど淫らな集いだった。
半裸状態で男女が戯れながら、酒にドラッグに興じている。
酒も飲まず、クスリもしない真面目なジョーンズとは、かなりの温度差がある。


デュランティは、すでにピューリツァー賞を受賞したほどの、名の知れたジャーナリストだったのだが。
正義感が強く、使命感に燃え、真実を追求したい一心のジョーンズとは対照的に。
欲望のままに呆けているご都合主義のデュランティとの確執が、まざまざと浮き彫りに。


監視の目はきつく、無言の圧力に晒され、次第に周囲から孤立していく。
そんなジョーンズに、唯一寄り添うエイダとの、複雑で繊細な交流。


エイダは、ウクライナに鍵があると知っているようだが、正義と保身の狭間で揺れ、苦悩する。


ジョーンズのアイデンティティはウェールズ人だが、母はこの地に所縁があった。
謎を解くためジョーンズは意を決して、命がけで現地入りすることにする。


当局の監視の隙を突き、ウクライナ行きの汽車に乗り込むのだが。
現地入りしてからは、明らかにトーンが違い、まるでモノクロのよう。


凍てつく極寒の地に辿り着いたジョーンズが見たのは、飢えと寒さに苦しむ多くの人々。
情報統制され、閉ざされた地での閉塞感と、生死を彷徨うほど切迫した悲壮感がたまらない。


寒空の元、子供たちの歌声も、虚しく寒々しく響いて、切ないばかり。
行き倒れた人の死体が無造作に転がる、衝撃的な陰鬱な世界が広がる。
ジョーンズ自身も、飢えと寒さと孤独に苦しみ、木の皮を食べてしのぐ。


ホロドモールという、人為的な大飢饉による国家の虐殺行為と欺瞞、偽りの繁栄の実態。
幼い子供たちが生きるために・・・等はまさに、狂った戦慄の光景。


真相を探るうちにジョーンズは、目を付けられ、拘束されてしまう。
いつ見つかるか、潜入モノの、スリリングなドキドキ感も味わえる。


事実を知ってもなお、ジョーンズの闘いはまだまだ続いていく。
交換条件に人質を取られて脅され、ソ連の執拗な妨害工作に阻まれる。
世間に実態を公表しようにも、何重にも苦しめられて窮地に立たされる。


そんな中、ディストピア文学で名高い、ジョージ・オーウェルと出会う。
ここで、冒頭の映像と繋がっていることが分かる。


今作は、彼が1945年に発表した傑作寓話「動物農場」の誕生秘話も絡めている。


ジョーンズは、命の危険も顧みず、不屈の魂で真実を暴こうとする。
これほどまでに彼を突き動かすものは何か、圧力に屈せず立ち向かう姿は感動的。


だがラストは、あまりに唐突であっさりと終わり、ビックリしたのだが。
その後のエピソードと彼の最期が、より一層衝撃的で驚いた。
悲劇の顛末により生涯を・・・なんとも切なく虚しく、ゾッとするほど。


これまで多くを語られなかったホロドモールにスポットを当てた点で、斬新。
秘密主義の独裁国家による政権下の怖さも、改めて感じさせた。


そんな過去の歴史の闇を知るにはいいが、地味でエンタメ性には欠ける。

面白い!というような類の作品ではない。


名も無き一人のジャーナリストの、戦いの軌跡を知れる重厚感たっぷりの作品。
不屈の男の、勇気と挑戦と戦いの生涯を描いた、骨太な実録ドラマだった。