実直な記録は、やがて実る。
そう心のどこかで信じながら、対峙し続けた夏だった気がする。
体力を温存させながら、着実に前へ。
そうしているうちに、今日はY-32編成が長野に向けて廃車回送されている。
遂に残存数は100両を割り込み94両にまで減少、残存率12.6%に。
日々一都二県、長距離運用も多いE217系。
その疲弊ぶりは、前面にこそ現れる。
それは同じ房総エリアを走る電車と同様である。
その労苦を偲びながら、またしばらく身を預ける。
9月13日の記録の続き。
内房線袖ヶ浦で再迎撃し、北上していく。
内房線内は巌根駅以外各駅停車で、加減速も多くなかなか過酷なはずだ。
そして、蘇我に戻ってきた。
さんざん京葉線だ、255系だと記録に通ってきた蘇我駅。
その蘇我駅でのE217系の記録は、思ったほど多くはない。
側を走り出会ってきた車両は変わってきたが、E217系は30年間一貫して走り続けてきた。
今や、内房・外房線では最長の15両編成。
その堂々とした長編成での走りは、間もなくE235系に完全に置き換えられていく。
本千葉駅で出会う機会はガクッと減った。
かつては1時間に1〜2本は確実に出会えていたはずなのだが。
そして、千葉へ。
またここから、快速線を堂々と駆け抜ける。
稲毛駅ホームは、改良工事が進行中。
あちらこちらで足下がおぼつかないが、やがて新小岩駅のようにホームドアが整備されそうだ。
幕張車両センター横を走行中、255系の姿を確認。
9月7・8日の運転を最後に秋臨・冬臨ともに運転設定がなくなってしまっている。
Be-02編成も秋田に廃車回送されてしまい、残るは2編成を残すのみとなった。
かたや、11月23日の大宮総合車両センターの一般公開で255系が試乗会列車として運転が決定。
一般に乗車できる機会は、これが最後になってしまうのだろうか?
津田沼、船橋、市川と、最後まで丹念に停車しながら利用客を拾い、ひたすらに走り続けていく。
市川駅も、ホームドア整備がまもなくというところまで来ている。
先頭車同士が連結する姿も、市川駅の総武快速線ホームでは見づらいものになっていく。
人身事故が多かったことから、横須賀・総武快速線では真っ先にホームドアが整備された新小岩。
E217系の引退までは、この新小岩駅が唯一の光景になりそうである。