2023.3.10 会いにいこう、キハ85系!過去の黒歴史を清算し?未来を向く中部岐阜旅⑭ | たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。

長く、濃い、波乱に満ちた日帰り旅だった。

それでも得たものは大きく、それはこの先のエンジンとして加速をつけるものになる。


高山から走り抜いてきた名古屋行き「ひだ16号」と大阪行き「ひだ36号」。

かつては名鉄線直通の「北アルプス号」とも併結していたが、現在は高山方面の「5・25号」と

この列車がキハ85系唯一の多層建て列車となっており、そのままHC85系に置き換えられた。

大阪発着は所定では3両であり、現に朝の25号は3両で運転だったが、ダイヤ改正前最後の週末を

控えていたからなのか、36号大阪編成も4両での運転とされていた。

なおHC85系は1両単位の増解結は不可能なシステムのため、改正後は通年4両運転となった。


朝の「5・25号」に比べると、その分割プロセスはシンプルである。

まず、先に発車するのは名古屋行きの16号だがー。


まず、16号側のドアを一旦閉め、名古屋方に数m前進し切り離す。


分割が終わると、再びドアを開ける。

このあたりのプロセスは、185系時代の「踊り子」と同様であった。


ちなみに朝と違い5番線には折り返しの東海道線電車が止まりっ放しだったため、一連の作業を

5番線から眺めるのは不可能で、自ずと4番線に見学者が集中する事態に。

185系「踊り子」の時のような膨れ上がり方は無かったものの、駅員の話ではやはりそれなりに

ダイヤ改正が近くなるにつれて撮影・見学者は増えていたとの由である。


16・36号と続けて表示された4番線の発車案内LED。

それはダイヤ改正後も継続している。

JR東海の特急列車として唯一、今後も大阪乗り入れは続く。

かつてJR西日本持ちだった急行「たかやま」の流れを汲む、最後の矜恃として。


そして17:42。

まずは名古屋行きが先に発車していった。

どうせ新幹線で帰るのだから乗っていっても良かったかと思ったが、全て見送りたいと考えたら

乗ることに躊躇いを感じ、結局この日は8号の美濃太田→名古屋間のみで終わった。

去年のVSEみたいな完全定期運用終了だったら、無理してあれこれ乗車プランを組むところだが

そうしなかったのは急遽遠征を決めたこともあるが、改正後6月末までは「南紀」も残ることと

さまざまな動きを察知し、それに向けて下準備を始めたこととあながち無関係ではない。


そして2分後には、36号も大阪に向けて発車。


この日の旅を察知した大阪方面からラブコールもあったが(謎)今回は見送りのみ。

HC85系時代へ、宿題として残しておくことにする。


17:44。


大阪に向けて走り去っていく36号を見送り…

続けて自分も名古屋に向けて再始動し、さまざまな思い渦巻く岐阜を離れた。


名古屋に着くと、またも311系の武豊線直通の区間快速が。


いずれ、311系にとことん乗るばかりの旅も良いだろうか?

まだいろいろ選択肢が残るうちに、考えを巡らせてみたい。

プランを立てるだけではプライスレスである。


そして、先ほどの16号の編成もまだ名古屋駅ホームに残っていた。

この姿が、定期「ひだ」として運用する姿を見た正真正銘の最後になった。


そして「のぞみ116号」で帰京の途へ。

一番搾り350ml缶1本と「チーかま」だけを買い、浜松くらいまではチビチビ呑みつつつまみ…

その後はうたた寝しながらゆったりと帰京、約15時間の旅を終えた。


反動で翌週の改正日当日は、雨模様もありどこにも出撃せず。

その後も一時的に鈍化こそはしたが、また少しずつイベントに絡めて鉄活を再開していることは

これまでも折々にこのブログに書いてきた通りである。


…そして、あの旅からもうすぐ一ヶ月。

23年前を中心に、あやふやになっていた前後の記録と記憶を引き出しながら動いた今回の旅。

それは過去の治らない傷をほじくり返し、また化膿させる過酷な作業の連続でもあった。

あの時、ああして果たして本当にそれで良かったのか…等、その疑念はきっと一生消えない。

自分一人だけならまだ良かったが、もう一人の人生をも狂わせてしまったという贖罪も。

それが今回、黒歴史と表現したそもそもの所以であった。


ただ、そのことがあったからこその、今の自分。

最終的にその選択をしたからこそ、今の自分がここにいることは紛れもない事実。

そこで違う選択をしていたら、もしかしたら今の自分にはなっていなかったかもしれない。

今出会えて人生に潤いをもたらしている人、モノ、コトに出会えていなかったかもしれない。


もちろんその選択ゆえに、仕事とか、苦労しているのは現在進行形でいろいろあるのも事実。

でも、トータル的には僅かかもしれないが、今のところは充実した人生を送れている。

あのまま普通に家庭を持っていたとしたら、得られなかったであろう人との縁、そして出来事。

それも現在進行形で、そろそろ44歳になろうとしている今もなんやかんや起きている。


周りからは波瀾万丈に見えるかもしれないし、自分でもそう思うけど…

そんな人生も悪くないし、最後の時も悪くなかったなと自分なりに納得できるに違いない。


…ま、ともかく今回は結果的に充実できた旅だった。

そう思えたのだから、黒歴史の清算はほぼ成功ってことでいいだろう。ね?


そして、その旅の続きはまた、いずれ…?