現生は、

この3次元世界は、

限りあるこの生(身体)は・・・・・

 

10の「氣」(木、火、土、金、水 それぞれの陰陽)が、見える(五感で感じられる)世界の中にフレームを設定して、変化を楽しむために、用意されたゲームなのかな? と最近思えてきた。

 

ゲームなどと言うと違和感を感じるのであれば、ドラマとか。。。

いや、やっぱりロールプレイングゲームのように感じられてくる。

 

アニメに「ソードアートオンライン」 てのがあって、アマゾンプライムで没頭しました w

映画の「マトリックス」 も、所謂 仮想世界。そんな感じウシシ

 

魂が、遊ぶ、学ぶ、準備する、楽しむ・・・・・ ための、仮想世界。

なのだなぁ・・・ とつくづくと 感じ入ってしまう最近です。

それは、陰陽五行で世界を紐解いていくにつれ、鮮明になってくる世界観です。

 

元々、奇人変人?な本質を持っていながら、フレームレスな二天中殺が、

天中殺中なので、更にフレームレスで。。。爆  笑(喜んでいたりする)

言動が、おかしいと思っている周りの人にはご心配をおかけしているかもしれないが、

 

まぁ、それなりに 楽しんでいるのは確かです。

ご安心ください。危害は加えないとは思います ゲラゲラ

暖かく、見守ってくだされば 幸いです。

 

先月末くらいに、算命学セッション的に、娘の友人のご相談に乗りました。

昨日、うれしいご報告を頂いて、ご機嫌なCHAKAですドキドキ

 

算命学には、善悪や、正誤のジャッジがありません。

ていうか、基本的には そういうスタンスを持って学んでいるわけですが。。。

そこに、自分という私情が入るスキが無いのだと実感しています。

 

占いというと、宗教的要素が多分に含まれてしまう世界ですが、

それは 良くも悪くも、方便の方法を取らざるを得ない状況に於いてなのかもしれません。

 

占いに、何を求めるのか? の 依頼者側の精度?により、

提供できる世界観を伝えるための方便は必要になるのかもしれませんが、

依頼者への忖度は、誤解を生むのだと思います。

誤解は、提供者への誤解、算命学自体への誤解に止まらず、

依頼者の人生そのものに対する誤解を生じてしまう場合があるのでしょう。

 

同様に、フーチにしても、キネシオロジーにしても、

質問の精度に応じた次元にアクセスしていくと 感じています。

※「パワーかフォースか」 参考書籍

 

二者が、次元を合わせる必要が不可欠なのではないでしょうか?

言ってみれば、提供側(セッションする側)の世界観の範囲内なのでしょう。

 

昨日、セラピーにお見えになったお客様との会話で、

とことん、ネガティブな世界観を発せられ、それがどんどん加速していく時間がありました。

以前なら、こちらが痛くなってきて、その後のCHAKAの疲労感はマックスとなるのですが、

そのジャッジから解放されていることを実感するという体験がありました。

 

その方の世界観は、とてもネガティブに偏っていく傾向があるように感じます。

が、そのコンフォートゾーンを頑なに固持しているのも事実です。

現生はネガティブな世界で、どうにもならない。

そういう会話を、たぶん多くの人と確認しあっている日常なのだろうと感じます。

以前(と言っても、つい数か月前くらい) のCHAKAは、その 途方もなく厚い壁に穴を空けて、そうじゃないと伝えたくて、全力投球するようなところがありましたが、

昨日は、この方は、その世界を楽しんでいるように感じられました。

 

結果、一緒に そのネガティブな世界を笑い飛ばしていました。

どうにもならないことは、マジでどうにもなりません。

そこを愉しむか、苦しむか、受け取るか、逃げるか・・・・ のいずれかのスタンスですね。

でも、どうにもならない状況を設定したのも、紛れもなく自分自神なのでしょう。

 

そういう状況下でしか、到達できない体験を枯渇したからに違いありません。

 

さて、週末の連休も雨や風が心配な模様です。

そして、来月からは消費税が10%に!

 

重税に苦しみながら、所得格差も天と地ほどに開いていき、

人体に例えるならば、糖尿病の末期のように、足が指から壊死してきてる感覚です。

言ってみれば、悪政も極みに向かっている感じです。

末端から壊死すれば切断、本体もダメージを受けるのは必至です。

 

悪極まれば、善に転ずる。

闇深ければ、暁は近し。

 

この転換を、私たちは体験するために、今を選んで来たのでしょうね。