お客様がやってきた。

聞くところによると、昔NHKさんの中国語講座かなにかに学生の時に出演したいたという経歴の持ち主。
もちろん、中国人の方です。

今回は、私の師匠に講演依頼のためにお越しになりました。
相手は、中小企業の社長さんたち。講演内容は、講演が近づいてから相談するというまだまだ実態の無いような話。でも、日時は決定したので、講演は行われるのでしょうね。

そんなお客様が、中国茶を飲みながら、いろいろなお話しをして下さいましたが、私の記憶に残ったのは、

中国では、騙される人が悪いんです。
騙せる人は賢い人です。
騙されないように勉強している人が偉いんです。

ですって。

驚きの告白だと思いませんか?

例えば、100gが2000円のお茶を5000円で売った場合、買った人にとっては、5000円の価値があると思って買ったわけで、それで満足しているのであればいいのではないか。そう判断した人の基準で販売してあげて何が悪いのですか。
値札についている値段に疑問を持つか持たないかは、その人の能力次第です。

茶商の価値基準に近い判断ができるお客さんは、2000円で購入することが出来る。ただそれだけ。

・・・・・・・。

このような感覚を持つ中国の人たちを相手に、日本人は対等な商売が出来るのでしょうか?
皆さん、中国で買い物をする時は、情報力が決め手ですよ。
アンデスメロンの「アン」は「アンシンデス」メロンから来ていると聞いた事があります。

そんな話とは関係がありませんが、先日「安茶」という黒茶を飲みました。

黒茶の生産地として有名なのが、雲南、湖南、湖北、四川、広西壮族自治区などですが、今回はこれらの地域とは違ったところで生産されている黒茶です。

表面が笹に包まれ、手のひらより少し大きめの竹籠に収まった状態で「安茶」はやってきました。黒茶ということもあり、プーアル茶の七子餅や方形茶のように固形かと思いきや、バラバラの状態で、詰められているからこの形になっているんですといった感じで、手でほぐすと簡単にバラバラと砕けるのでした。

味と色はといいますと、祁門紅茶の高級品といった感じです。

それは当たり前かも知れないのですが、この安茶は安徽省の祁門で生産されていると「中国名茶志」では紹介されています。

世間一般では、六安瓜片の六安だという説が多いのですが、「中国名茶志」では、安茶は六安のお茶をまねて作られたと記載されていて、名前の由来も、「安徽省の茶から安茶となった」、「六安茶の六がとれて安茶となった」などいくつか説があるそうです。

この辺については、現地にて聞き込みをするしかないようです。

詳しいことが分かり次第、またお知らせすることにしましょう。

1851年太平天国の乱が起こって、1864年に収束した。

これは、中国史の清代に起こった出来事です。
お茶にとっては、関わり合いの深いアヘン戦争が起こった直後の歴史的な事件です。

この太平天国の乱の煽りを受けたのが、武夷山のお茶。
正山小種の始まりについてのこの乱が係わっているのだという伝説が現地ではまことしやかに囁かれているようです。


で、今日ご紹介するお茶は、このブログで3度目の登場となる九曲紅梅
このお茶は、武夷山で茶農をしていた人たちが、太平天国の乱をさけるために移住した先が、浙江省の杭州の大塢山。そこで再度生産を始めたお茶が九曲紅梅。名前は、九曲渓を懐かしんで「九曲」、紅梅のように清らかな香りがするので「紅梅」。併せて九曲紅梅となったようです。

これで、こだわっていたなぜ「九曲」という言葉がつくのかという疑問が解決した気がします。




お茶に限らず料理番組などで、「香り」といわず「ニオイ」と表現する芸能人に少しひいてしまう私。

「匂い」と「臭い」では印象が違うもので、匂袋などのニオイは芳香を感じさせてくれるが、ただ音で「ニオイ」と聞くと、「臭い」を連想してしまうので、いつも美味しくなさそうな印象を受けてしまう。

私だけでしょうか・・・。


さて、前置きはともかく、本日のテーマは単叢。
(叢は「木+叢」だが、表記の都合上「叢」と書きます。)

3年も前に広東省の潮州を訪れた師匠の写真を整理していて、単叢の農家の写真に

「鳳凰十大香型単叢」

なるものがあり、10の香りとその原木とおぼしき樹の写真が掲載されています。

黄枝香、芝蘭香、桂花香、杏仁香、蜜蘭香、夜来香、姜花香、肉桂香、茉莉香、玉蘭香。

これらが、単叢を代表する香りのようですが、この他にも沢山の種類が世の中には存在しているようです。

ちなみに黄枝香の黄枝とは、梔子(クチナシ)のことだそうです。

夜来香は夜来香というガガイモ科の植物があるそうで、検索してみると東京の神代植物公園で実物を観ることが出来るそうな。

まだまだ新しい○○香という単叢が出現してくるのでしょうね。


今年最初の記事です。

この週末、ロタウィルスに冒されながらもビデオを借り、見た映画が『緑茶』。

張元監督による作品で、2002年ぐらいのもののようです。

とても映像がキレイで、趙薇さんもキレイで・・・。
でも、映画を見ながらやはり気になったのは、登場してくる「緑茶」の美しさ。

これは北京の設定だから、北京で多く飲まれているのは信陽毛尖だから、これは信陽毛尖の新茶かそれとも・・・。でも、四川の苦丁茶にも似ているし。でも、タイトルが緑茶だから苦丁茶のはずでは・・・。

なんて、よけいなことを考えつつ、エンドロールの撮影協力の部分では、撮影に使われた茶館がどこだっかなんてチェックしたり、お茶から離れて鑑賞しろと思いつつ、今の立場を振り返ると仕方ないかと思う、そんな1年の幕開けでした。

で、googleで『緑茶』と検索してみると、過去の『人民中国』の記事にこんな記事が・・・ 

人民中国

映画を観ていない方は、観てから上記リンクをクリックして下さいね。

でも、本当にお奨めの作品です。


お茶の知り合いと話をしていて、今発売されている「婦人画報」に
壇ふみさんが杭州・上海を訪れている記事が掲載されていると
聞いて早速購入して呼んでみた。

婦人画報

写真がすごくキレイです。

ただ、違和感を感じたのは、「虎ほう泉」には「フーパオチュェン」
とフリガナが振ってあるのに、白居易や蘇東坡には「はくきょい」
「そとうば」と日本語読みのフリガナが振ってある・・・。なぜ?

いろいろと首をかしげる箇所はありますが、そんなことよりも、
まだまだ中国茶に関心を寄せて下さる人たちがいるということを
嬉しく感じましたし、新しい層の人たちが中国茶の門を叩くという
時代に突入する予感がします。

来年の新茶のシーズンは、杭州へ行ってお茶でも飲みたいな
と思うのでした。
新しい記事を書かなくなっていったいどれぐらい経つのだろうか?

お茶についての興味がなくなったわけではありません。
ただ、1年ほど書きためりしてきた中国茶の知識を駆使しして、お茶の
お仕事を頑張っていただけなんです。その間、1年間の知識の貯金を
とり崩すばかりで、ため込む作業を忘れていたんです。


さて、この前の記事で鉄観音の作り方が変わったということにふれっ
ぱなしでほったらかし・・・。

気がつくと12月です。
新茶の季節からもう1月以上が経とうとしています。

ということは、この記事も1月以上ほったらかしだったようです。


さて、前置きはここまで。

鉄観音の作り方は、茶摘み、萎ちょう(日光&室内)、瑶青、殺青、
揉捻、包揉捻、乾燥とざっくりいうとこんな作業が途中繰り返され
たりして生産されます。

で、今年我が先生が行って何が変わっていたかと言いますと、
揉捻といういわば茶葉を「揉む」という作業がなくなって、「叩きつ
ける」という方式に変化していたということだそうです。

なぜか。

農家の人曰く、香りを強くだすということと、茶葉の不要な部分を
落とすということらしい。

しその葉を手のひらの上に載せてパンと叩いて香りをだすような
イメージだろうか。

揉むという作業よりも布に詰めて床に叩きつける方が香りが強い
そうで、昔はこの方法で作っていたとか。
その姿は、サンタが茶の入った布袋を一本背負いしているのを
想像して頂けるとわかりやすいかも知れません。


で、叩きつけられてぼろぼろこぼれ落ちた葉の弱い部分は、ティ
ーパック用に詰められこれまた市場に送られることになったよう
です。

本当かどうか、このやり方が続くのか、今の段階では分かりませ
ん。
また、訪れた農家だけではなく、この村全体、もしくは安渓県全体
がこの方式に変更したのかどうかも分かりません。

ただ、農家の方々が創意工夫を凝らし、美味しいお茶を作る方法
を考え、実践し、進化させているということを改めて知ることが出
来たのでした。

ですので、私もたかが1年貯めただけの知識に頼らず、勉強して
いこうと思う年の瀬でございます。
さっきアメブロの事務局より1周年だよとメールが届きました。

もう一年も経ったんですね。

この一年間、変わらずに美味しいお茶に出会えたことに感謝したいと思います。

ここ最近、ばたばたしており脳みその整理が出来ていないのが残念ですが、
大きな変化が中国茶の世界に起こっていることを書いておかねばと思っていま
す。
今、書いておけば、また1年後にどうそのことが変化しているのかを確かめるこ
とができますからね。

明日、時間があればその変化について書いてみたいと思います。


追記:
私の先生の先生である仏教哲学の巨星が本日逝去されました。
お茶と深い関わりのある“禅”の研究の第一人者でした。

慎んでご冥福をお祈り致します。
先日、中国からお越しのある先生に

「手づくりのお茶です」

と江西省の崇義県の陽嶺茶を頂いた。多分緑茶だと思います。
まだ封も開けていません。

「手づくり」って全部手づくりしているじゃねーか、

と思うかも知れません。

でも、顧渚紫笋の農家へ春に行った際も、機械化の波がそこには打ち寄せて
来ていましたし、

「春のこのお茶は手で作ったものだから、美味しいんだ」

という言葉がそこにはありました。


今までの中国の常識が通じなくなってきています。

お茶の話ではないのですが、 今までは、手作業で作ったものが安く、機械で
製作したものは高いというのが一般的でした。

それが、確実に変わってきている・・・。


今回貰ったお茶のパッケージも「手工茶」と銘打ってあります。

これから確実にお茶の値段は上がっていくでしょうし、お茶の高級品を作ること
に対しても力が注がれることでしょう。

月餅のことを見てもよく分かると思います。

恐ろしい時代がきたものです。


人民網にこのような記事が載っていました こちら→


五輪グッズシリーズに急須が登場 販売好調

2008年オリンピックのエンブレムが刻まれた中国伝統の紫砂で作られた
急須がこのほど発売され、陜西省西安咸陽国際空港のオリンピックグッ
ズ販売店にもお目見えした。市民の人気は上々だという。(編集ID)

「人民網日本語版」2006年8月31日


オリンピック関連グッズがどこで売られているか知りませんが、なぜ故に
紫砂壷を西安の空港での販売を伝えたのか?

それだけ烏龍茶を飲む人が拡大していると言うことなのでしょうか。

しかも、西安咸陽国際空港なんて、市民はあまり行かないと思うので、
市民の人気が上々とは、別の販売店での売れ行きなのか。
それとも、空港を利用する人たちを市民と位置づけているのか?


でも、写真を見る限り、あまり実用的な感じはしませんね。
やっぱり記念品として価値があるのでしょうね。