小学生の時、父親がオーストラリアに旅行に行き地図を買ってきてくれた。
その地図には今まで描いていた世界が逆立ちをしていた。
幼いながらに衝撃を受けたことを今でも覚えている。
その衝撃を自分の身体に吸収できていないことを痛感させてくれる友人がいる。
彼は、あっしにとって、師匠であり友人であると同時に、データバンク的な存在で、あっしが勝手にブレーンと称して利用する何人かの1人。
歴史のことを調べる時は、必ずと言っていいほど彼の意見を聞く。
「○○について知ってる?」
とメールを送ると
「○○先生のこんな本や○○さんのこの本のここにこんなことが書いてあるよ。それか、こういった角度で調べるなら○○さんのこんな論文もある」
と的確な解答が帰ってくる。だから、あっしのブレーンとして採用して使いたい時に彼の情報を引き出させて頂いている。その見返りは缶コーヒーかお茶だけ。たまにご飯をごちそうするぐらい。彼もあっしの歴史を知らないということにほどこしをするかのように知識を与えてくれる。
でも、彼の本業は、モンゴルの研究である。
だから彼の頭にある地図は、モンゴル、中央アジアが中心となっている。
また、彼の異常能力の一つが、平面の地図を眺めているとそれが、3Dの立体となり、山はそびえ、川は流れ、風が吹き、眺めていると季節も変化するとか。それに加え、その立体的な地図が360度回転するそうで、この景色をモンゴルから眺めるとこんな風景で、ここからこういう感じで攻めるんだよといとも簡単に戦争ごっこを始める。
戦国絵巻を眺めていると武将たちが「ワーッ!」って動くそうです。
摩訶不思議な能力です。
話がそれてしまいましたね。
そんな彼曰く、中央アジアの人たちにとって中国は東に接している一つの地域であって、南のチベットやインド、西のイランなんかも勿論視野に入っている。たまたま茶茶の伝播について話をしていると、チベットの地域は中国からの仕入よりもシッキムやアッサムといった地方からインド人がもたらすダージリンの方が量的には多いのではといった話もでてきました。
どうしても、あっしなんかは中国、なかでも漢民族を中心としたものの考え方に偏ってしまうのですが、それでは視野が狭くなり、いろんなものが見えなくなってしまうと言うことがよく分かります。
現代の地図を見て国境を表す線も、現地の人たちにとっては、全く意味のないものであったりします。
研究する対象によって、広げる地図も変える必要があるようです。
ただ、いくら頑張っても私の地図は平面のままですが・・・。