先々代ランとの思い出、つづきです。
なごやかな日々に、ほんのわずか影がさしはじめたのは、10歳のころだったでしょうか。お散歩の途中、いつも同じ場所で耳を掻き掻きするようになりました。聞くと、主人や母との散歩でも同じことをしているみたいでした。おそらく、足腰が弱って歩きつづけられなくなったのを、耳が痒いふりをしてごまかしていたのでしょう。「そろそろお歳やねえ」と言いながら、笑い話で済んでいました。
ところが、まだまだ元気と思っていた姉の家のボクサーがとつぜん亡くなりました。10歳になるかならない歳だったと思います。そう遠くない未来にランとの別れも来る、と覚悟を決めました。
その後、だんだん歯が抜けはじめ、匂いもきつくなりました。主人がまめにシャンプーしたり、拭いてやったりしていたのですが、たぶん後半は家中にランの匂いが充満していたと思います。
それでもお散歩大好き、お腹も壊さず、寝ている時間は多くなったものの、いつも笑顔でお利口ぶりを発揮しつづけていました。
そして05年9月、80歳になっていた父が入院しました。二ヶ月の入院の後、帰らぬ人となるのですが、同時に母の入院、手術が重なり、ランは朝8時から夜8時まで、ほとんど一人でお留守番することになります。おトイレは家族のだれかが帰るまで、ひたすら我慢していましたが、さすがに寝てばかりなので、ずいぶん足腰が弱りました。
1年とあけず体験した父の死とランの死は、私にとって切り離せないものです。まだ父に意識のあるころ、私が病室に入ると、父は必ず「ランの散歩は?」と聞きました。「可愛そうやから、はよ帰ってやり」と父が言い、「いま来たとこやんか。そんな追いかえさんといて」と私が言い返す――お決まりのやりとりでした。
父は人に対しても犬に対しても、常に公平であろうとしていました。ましてや、ランは名目上は私たち夫婦の犬だったので、表立って感情を表すことはありませんでした。けれど、特別な愛着をいだいているのはランに接する態度からも明らかでした。
いつもは知らない人が来たら、警戒して大きな声で吠えるランでしたが、父の通夜から葬儀まで一度も吠えませんでした。父が冷たくなって寝台車で家にもどってきたときでさえもです。匂いを嗅いだのか、なにを確認したのかはわかりませんが、一度だけそっとそばにより、顔を近づけていました。
さて年が開けて2006年、母がふたたび3月末から2ヶ月入院したため、ラン一人でお留守番の日々がつづき、散歩に出てもほとんど歩けなくなりました。わずか10メートルほど歩くのが精一杯でしたが、そのあいだに大と小を済ませました(大は最後まで健康でした)。
けれど、5月初旬に一度、母が一時帰宅でもどってきたときから、また元気を取りもどしはじめました。昼間寝てばっかりだったのが衰えの原因だったと思いますが、父がいなくなり、母までいなくなるのか、と犬なりに不安に耐えていたのかもしれません。母が5月末に退院してからは、足どりは覚束ないものの、ほぼ以前と同じだけの距離を歩けるまでに回復しました。驚異の生命力ですね。
7月くらいからは玄関の段差を登れなくなり、ほとんどタイル敷きのたたきで寝そべって過ごすようになりました。お漏らししても大丈夫なようにトイレシートを敷いてやりましたが、自分からは絶対にしようとしませんでした。それでも夜中に漏れてしまったときなどは、ほんとうにキュンキュンと悲しそうな声で鳴きました。気持ち悪いのもあったでしょうが、気位の高い犬だったので粗相をした自分を許せない思いもあったでしょう。拭いてやろうにも寝返りを打たせるのが一苦労で、なかなか思いとおりに清潔にしてやることはできませんでした。夏なので助かりましたが、これが冬なら凍えないようにドライヤーで乾かしてやらないといけなかったでしょう。たぶん、ものすごく嫌がったと思います。
(今回掲載した写真はだいたい2歳〜4歳のころのものです。やっぱり最盛期だけあって写真がたくさん残っています)




