別ブログに書いた「先々代ラン」の思い出をこちらに残しておきます(該当ブログはサービスを終了しています)。もしご興味がありましたら、つづきをどうぞ。

(基本的に写真と本文は関係ありません)

 


 

モモの前に、ランという1994年4月生まれのゴールデン(雌)を飼っていました。2006年8月、享年12歳で旅立ちました。気持ちの整理をつけるためにも、いつかはランの思い出をまとめたいと思っていました。長くなりますが、いつもの一人語りと思って聞き流していただければ幸いです。
(下はランの写真のなかで家族いちばんのお気に入りです)


 

1.最初にお断り
我が家では両親の代、昭和20年代から犬を飼っていました。当時は犬といえば雑種で、名前のある犬といえば「スピッツ」くらい。たいていは野犬との雑種でしたが、白くて長毛の犬はなんでもかんでも「スピッツ」と呼ばれていました。どこの家でも犬は朝から晩まで庭に繋ぎっぱなし、餌は残飯――いまとはまったく事情が違います。

けれど、我が家ではそのままの感覚で犬を飼いつづけています。かけるお金は最初のワクチンと狂犬病の注射、フィラリアのお薬、ペットフードだけ、犬のためにすることは毎日の散歩と餌だけです。よほど体調をくずして、痛がったり苦しがったりすれば獣医さんに見てもらうこともありますけれど。


死ねば保健所に引き取ってもらいます。まるでゴミのような扱いと思う方もあるかもしれません。

ここでちょっと誤解を解いておきますと、そんなことは決してありません。最初に犬種と体重を確認し、大型犬だとわかると係りの方が二人で来てくださって、大切に引き取ってくださいます。モノではなく、ちゃんと生命あったものとして扱ってくださいます。


亡骸をどのように葬るかはともかく、ゴールデンを飼っている以上、ものすごく大きなダンボールが必要なのはまちがいありません! 私も前もって忠告を受けていたので、リクライニング・チェアを購入したときの箱を残しておきました。主人は「それはいくらなんでも大きすぎるやろ!」と言いましたが、亡骸を納めてみるとぴったりでした……


これから書くことは、あくまで私自身の考えたこと、感じたことです。真の愛犬家の方々には不快なことも多々あるかもしれませんが、それを覚悟の上でランとの思い出をいくつか語ってみたいと思います(写真をいっぱい載せたいんですが、あの頃はデジカメがなく、1枚1枚スキャンしないといけないので、じつはなかなかに面倒なのです)

2.思い出話のつもりが自慢話に……
ランが我が家にやってきたのは1994年6月、月齢2ヶ月のころでした。ほぼなんの予告もなく、主人がとつぜん連れて帰ってきたのです。そのまんま「ぬいぐるみ」並みの愛くるしさでしたが、当時はもう一匹、柴系の雑種がいたために、父母からは猛反発を食らいました。共働きのため、実質、昼間は父母に面倒を見てもらわねばならず、幸先の悪いスタートとなりました。私自身、じつは長毛犬はあまり好きではなく、「ふ〜ん、ゴールデンかぁ、ほんとはラブラドールのほうがよかったんやけどなあ」といくぶん冷たい目で見ていたかもしれません。

けれど、犬はヤンチャでバカなもの、と思っていた私たち家族の考えが一変するのに、時間はかかりませんでした。

トイレの躾はほぼ月齢3ヶ月のころに終わり、以降、家のなかで粗相をしたことはありません(一度だけ、お腹を下して玄関で漏らしたことがありますが、これも夜に外に出してくれ、というランの頼みを私が無視してしまったせいです)。

もちろん、生後一年くらいはヤンチャでした。壁紙をはがして壁に大きな穴を掘ったり、台所のピータイルをめきめきはがしたり、庭履きのゾウリを咥えて走ったりしてました(下の写真は台所の壁紙をはがした証拠写真)

けれど、「その程度のイタズラは気にならない」くらい利発さを発揮しはじめました。月齢4、5ヶ月になると「してはいけないイタズラ」を自分で勝手に判断できるようになり、庭に自由に放してやっても安心でした。最初は冷ややかだった両親も半年と経たないうちに溺愛しはじめたように記憶しています。当時、父はまだ70歳になるかならないかで、毎日テニスに出かけていましたが、しょっちゅうランをコートに連れていって、お利口ぶりを披露していました。

水も大好きで夏は盥で水遊び、川に連れていくとおおはしゃぎで泳ぎました。
お手、おすわり、伏せなどは一、二度教えるだけで覚えました。テーブルの上のものを取ったことは一度もありません。が、さすがレトリーバーというべきか、落ちてるものはなんでも拾いました。テーブルの端に載っている手袋をちょちょいと鼻で落として、「落ちてましたよ」と持ってきてくれるお茶目な一面もありました。


荷物を運ぶのも大好きでした。すぐに飽きて、ぽいっと捨てることもありましたが、畑から葱や大根を運んでくるときは真剣でした。散歩のときは、人とすれちがいそうになるたび、慌てて「荷物持たせて!」とせがみます。「あらまあ、ランちゃん、お利口にお遣いしてるのね」と褒めてもらうのが嬉しくてたまらなかったのでしょう。

あと一つだけ可愛かった思い出を。両親は一階の和室で暮らしていたのですが、ランはこの部屋にはふだんは呼んでも入りませんでした。ただ大嫌いな雷が鳴ったときだけは、おそるおそる部屋に入って母親の膝に乗ろうとしたそうです(母親身長145センチ、ラン体重30キロ)。


すでにランは9歳か10歳になっていたでしょうか、ある日ただの思いつきで「ご飯できたから、お父さんとお母さん呼んできて」と伝えたら、とことこと両親の部屋に入って呼びにいきました。

そんなことは一度も教えた覚えはなく、これには飼い主のほうがびっくりしてしまいました。以降、"ご飯ですよ"の札をボール紙で作って咥えさせると、ちゃんと両親を呼びにいってくれるようになりました。


存命だった父が私たちの留守中にいろんなことを教えてくれたのも大きかったと思いますが、本当に人の言葉と気持ちをよく理解する知能の高い犬でした。ランにかぎらず、ゴールデンには本来そういう気質が備わっているのでしょうね。

病気一つしたことのないランでしたが、寄る年波には勝てず、10歳を超えるころには会う人ごとに「おばあさんになりましたね」と言われるようになりました。


その話は長くなるので、また近日中に。ただの犬バカの自慢話に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。「うちの犬のほうがもっと賢いゾ」とおっしゃる方もたくさんいらっしゃるのは承知しています。そういうお話がありましたら、ぜひお聞かせくださいね!
(今日載せた写真は生後2ヵ月からだいたい1年半までのものです)