何気ない言葉ほど、タイミングを逃すと重くなる。
明日があるって、当たり前じゃないんだ。

その夜、別れ際の空気が妙に静かで、喉まで出かかった「また明日」が、なぜか声にならなかった。
ただの挨拶なのに、言った瞬間に、どこか嘘になる気がして。
自分の中の「明日」に、確信が持てなかった。

相手が遠ざかる足音を聞きながら、胸の奥に小さな空洞が開く。
言えなかった言葉が、そこに落ちていくようだった。

あの一言は、本来なら軽く投げかけるものだ。
コンビニでお菓子を選ぶみたいに、気楽で、なんでもない。
でも、心が少し不安定な夜は、たった四文字の挨拶ですら、未来を約束するように聞こえてしまう。

だから言えなかった。
「また明日」と言った瞬間、その明日が来なかったとき、自分がひどく傷つくことを知っていたから。

家に帰って、部屋の明かりをつける。
さっきまでの沈黙が、まだまとわりついている。
言えなかった言葉は、言わなかった後悔よりも、静かで、少しだけ苦い。

それでも、不思議なことに、夜が深まるほど思うのだ。
「たぶん、また明日なんて、何度でも言える日がくる」と。

その日の夜はただ、そう信じられなかっただけ。
そんな日もある。

明日を信じられない夜も、きっと人生の一部なのだ。