後を継ぐ者、老舗の看板の重み(川越 拓シェフ:赤坂しろたえ) | Cercle des Chefs セルクル・デ・シェフ

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Vol 3. 「後を継ぐ者」 老舗の看板の重み


港区赤坂- 


東京の一等地 赤坂の顔として長年さまざまな業界のエグゼクティブ、そして土地の人々に愛され、支持されてきた老舗洋菓子店「しろたえ」。 守らなければいけない伝統を引き継ぎ、自身もなおその菓子作りの探求をつづける「赤坂しろたえ」専務取締役・川越拓シェフ。


「絶対的なスペシャリテ」の存在、また継者としてその看板の重みを語る。



-週明けなのに、ものすごい混んでいて驚きました。ちょっと早めについて、こっそりレアチーズと紅茶を頂こうかな、なんてたくらんでましたが(笑)二階も下も満席で断念しました。


今日はとくにそうだね。気温も上がるしどうかなとも思ったんだけど、近隣のワーカーたちもこうやって休みに来てくれるのはありがたいね。



-今回は第3回クローズアップです。セルクルも無事発足して、川越さんも理事として色々とご尽力ありがとうございます。今日はあらためてですが、これまであまり率先して露出はされてきませんでしたよね? いろいろお聞きしたいことが沢山ですが、よろしくお願いいたします。



お手柔らかに(笑)、こちらこそよろしくお願いします。



-川越さんは東京製菓学校を卒業後、マルメゾン、そしてニースのル・パレ・ドゥ・シュクル、そしてパリのアルノー・ラエール。まずはひとつひとつ聞いていきたいんですが、



そうですね、知り合いがフランスにいたので、製菓学校のあとすこしフランスで過ごして、やっぱり日本でお菓子の修業をと思って帰国するんだけど、その日本での修業後も、やっぱりすんなり渡仏できたのも、自分のなかにフランスのベース的なものが構築されていたからだと思う。経験は、財産だね。



-帰国してお菓子の修業、それがマルメゾンに3年ですね。 東京都洋菓子協会会長・我らが大山シェフのお店ですが、なぜ マルメゾンへ?


父のアドバイスでね。素晴らしいシェフ、素晴らしい店だからと。


マルメゾンのスペシャリテ「ムース・マルメゾン」、好きです。どんなお菓子が印象的でしたか?


そうですね。そば粉のダックワーズとか、あとプランタンというフルーツの入ったロールケーキは、厳密に大山さんが最初に世に送り出したものらしい、いまじゃ当たり前のロールケーキのスタイルなんだけど。


-知りませんでした。フルーツロールといったらキハチさんのイメージでしたが。わたしも大山さんには何かとお世話になるんですが、一言で、すごく良い人ですよね。働いてる人にも変わらず優しそう。

そのとおり。とても面倒見が良くて。人柄が良い。下で働いていて、すごく居心地が良かった。なにより、お菓子に対する姿勢も素晴らしかった。たくさんのことを学ばせてもらった、素晴らしい3年だった。



生きたフランスを「知っている」ということ


-わたしはル・パレ・ドゥ・シュクルセヴァ、お店には行ったことないんです。でも、オーナーのセヴァさんはMOFでらっしゃるし、父やビゴさんとも仲が良いのでその素晴らしい人柄は知っています。



ここは町のブーランジュリー・パティスリーという感じで、週末はアントルメの予約が結構入ってた。日曜日も午前中営業していて、みんな家族団らんのお菓子を買っていくんだ。

お菓子もね、ミルフィーユにフォレノワ、ババとかサントノレとか、ね、オーソドックスでしょ?そういうものを作って並べる。ふつうのお店。周りに住んでる人はオーソドックスなものを求めてた。



-つまりは地元の人たちの日々の食卓を支えている地域の繁盛店ですね。でも、そういうお店が地域では強いし、重宝されますよね。


ゼヴァさんにはお世話になった。 ああ、そうそう。ぼくがいたとき、新しいイタリア製のチョコレートマシンを入れたんだけど、イタリアの電圧と合わなくてね。「いまから変圧器買うから一緒に来ないか」と言われ車にのったら、6時間かけて200km300km離れたイタリアのどこか小さな町に連れていかれたりね。笑、ヨーロッパの人たちは移動の距離も大きいから。日本は狭いのがよくわかります。


-(笑)

息子のジャン・ジャックはもうお店に入られてました?



ぼくのころは、そうだね ジャン・ジャックがほとんどの仕事してた。 ジャン・ジャックとはよくいろいろな話をしたよ。ほら、言ってみれば彼もお父さんのセヴァさんの後継者、ぼくと立場は一緒でしょ。 お互い親身になって同じ境遇について意見を交わしたな。




-二代目同士、そこは仲良くなれそう(笑) それで、パリのアルノー・ラエールへ。

アルノー・ラエールはFAUCHON時代のムッシュ・エルメのお弟子さんですよね。ルレ・デセールのメンバーであり、MOFであり。パリセヴェイユの金子さんら、有名な日本人パティシエも数多く研修した店と認識しています。





そうだね。僕がいたころは、ちょうどMOFの試験の前でね。ミシャラクさんがサポートに来てたよ。「ちがう、ここはそうじゃない!」とか言いながらね。アルノーさんはショコラにとくに力を入れていてね。僕もここではショコラ部門で仕事をしていた。アルノーさんが最新のチョコレートマシンで試行錯誤していたのを間近に見て仕事ができてとてもためになった。 でもね、パリで仕事しようと思ったのは、徹さんの影響でもあるんだ。




-ふむ?


マルメゾンを出て渡仏準備中、当時エルメでスーシェフをしていた徹さんが一時帰国中で。それこそ大山さんに島田シェフ親子を紹介してもらって、赤坂で4人でご飯を食べたんだ。それが島田

シェフ親子とのファーストコンタクト。ちなみに場所は、河田シェフのご兄弟が働かれてたお店だったみたいです。



-川越シェフ親子と、島田シェフ親子 in 河田シェフご兄弟のお店(笑) 濃い(笑)



(笑)

もともとはニースのセヴァさんで働いたら帰ってこようと思ってた。でもそこで徹さんが、「パリの名店で働いた実績は、必ず僕らの糧になるから。」と話してくれた。 だからパリまで行こうって、そのとき決めたんだよ。 同じ立場の、その年齢的にも同世代ですでにエルメで働いていた徹さんの言葉は大きかったね。 あのとき大山さんに紹介してもらって引き合わせてもらって、本当に良かったと思てます。




ニースからの街並み



-南仏ツウな川越さんですが、ニース生活はどうでしたか?ニース近郊は日本人も行きやすいし、人気のエリアですよね。トゥーリスト目線でなく、現地人の目線で、オススメするとしたら?


バイクを買ってね。いつもそれに乗って近くの町へ散策に行ったりしてた。エズ、モナコ、グラース、ヴァンス、、、サントロペとか、結構遠かったな、、


-ああ、最高ですね。 わたしも南仏は結構知ってるつもりで、でもニースだけは空港の利用のみなんです。カンヌやモナコ、あとはヴァンスとかを拠点に過ごすのが好きでした。



南仏は、夏のイメージが強いけれども、年間通して楽しいところだよ。

春は穏やか。冬の寂れた雰囲気を残しつつ、とてもいい気候で味がある。マントンのレモン祭りも5月にあるしね。夏は夏で最高でしょ。秋はね、栗が美味しい。フランスの栗は小さくて、身がつまっている。あと最高のフォアグラもスーパーに出回るんだ。冬は冬で、アルプスがあるから、トンネルをくぐると雪景色、なんてこともある。



-へええ、それこそわたしは初夏、真夏しか訪れたことがないので、秋冬の南仏も気になります。



とにかく最高だね。バカンスで訪れるのは。最高過ぎて、働きたくなくなるくらい(笑)






青森から赤坂へ、先代のルーツを辿る




-お父上川越シェフ、つまり先代がそれまでの青森での商売を赤坂に持ってこられたんですよね?そのころの話をまずは少し聞きたいです。青森なんですね。



出身が青森で。 まずはその土地で祖父・祖母が戦後”みやげもの”として商売をスタートさせた。当時ソフトクリームマシーンなんかもいち早く導入して。たしか青森で一番最初だったとか。


-パイオニオ的存在だったんですね。それで、じゃあ川越さんは厳密には三代目だ。 二代目のお父上は、なぜ東京へ?


あちらは雪がとにかくすごいでしょう、冬は。 それでは商売にならない、ということで上京を決意して、この赤坂のこの土地を買ったと聞いている。 いまから30~40年前の話。



-わたしは出生は港区で、その後幼少期は目黒、世田谷に結婚するまでは住んでいました。いまでこそ世田谷なんかはオシャレでステータスなエリアとも言われますが、当時30~40年前なんかは、それこそ名前の通り畑しかなかった場所というわけで。 当時、「東京で商売をするぞ」と意気込んで上京したら、それは確かにこういう土地を選ぶのは当然のことかもしれませんね。





「絶対的なスペシャリテ」を持つこと

-店の名前を聞いて 誰もがそのスペシャリテを思い浮かべるほど、世代を問わず多くの人から愛され、支持されてきた「レアチーズ」ですが、川越さん的にどういう想いがありますか?



想い、か。 しがみついてはいたくないけれど、それに替わるものを生み出すことは大変だと思う。だから、レアチーズがないうちの店は想像できないけど、存在しなかったら大変だろうね。



-お店のイメージがチーズケーキに偏ったり、たとえばケーキのシルエットだったり。「変えられないこと」に対するジレンマはありませんか?


レアチーズから入って、そして他のケーキを買ってくれて、「美味しかったよ。」と声をかけてくれると、本当に嬉しいね。「やった」って思う。

ももちゃんのところもそうでしょ?フランスパンしか買わなかったお客さんが、はじめてクロワッサンを買ってくれて「これ、美味しいね。」と言ってくれたら嬉しくない?






-たしかにそうですね。 喜ぶかも。なんていうか、にんまりと喜ぶ。いい意味で、勝った!って。勝ち負けじゃないけど、認めてもらえた感があります。

じゃあ そうすると、レアチーズは、お店にとっては「なくてはならない存在」?



そうだね。店のカラーでもある。時代が変わろうとも、それは変わらない。父が時代とともに歩んできた、時代を見てきたお菓子、そういうものかな。




-ヒット商品というものは、本当の意味で最後まで「定着」して、人々の「あたりまえ」となってはじめてヒットと言えると思っていますが、まさにレアチーズはそうだと思います。



そう、ずっと続けていかないとダメ。ワンジーズン1年2年の短いスパン

では定着はしない。続けて、最終的な判断でヒットしたかしなかったのかを決められると思っている。やっぱり、うちのレアチーズも、大事な存在であることは変わりないよ。






「赤坂」で商売をすること



-赤坂でお店を持つことは、誰もが憧れることだと思います。この超一等地で長年やってらっしゃるわですが、あらためのこの地での商売はどうですか?土地柄、夜に政治家が会食するイメージなんですが、実際のところは?


もちろんそういう顔色もあります。でも最近は料亭も数が減ってきています。

赤坂はね、場所柄 まわりのテナントの出入りが近年 特に激しい。だからいかにこの土地での商売が容易なことではないということは感じる。 日々「より良くする」努力は、当たり前。それと同時に堅実な仕事をするのが賢明と思う。

でも舌の肥えた人たちが集まる場所から、自分のやりたいお菓子はやりやすいですね。


-職人仕事は、実に現代的ではない部分があります。美味しいものを作ろうとしたら、時間と手間が必要になる。都心の一等地に店をかまえるには、それなりの効率性が必要になってきたりするわけですが。



効率を求めると、どうしても味は落ちてくることがあると思う。冷凍するなら、ネットショップで買えばいいでしょ、とそういう話にもなってくる。ぼくらをはじめとして、作り手や売り手が苦労しないお店のお菓子は、美味しくない。どこかにシワ寄せがくる。




背負うのは、「老舗の看板の重み」



守らないといけない伝統を引き継ぎ、維持していくこと-


-後を継ぐということになると、「現状維持」がまず最低限の課題になりますよね。やはり大変ですか?



そうですね、「おいしくなくなったね。」とは絶対に言われたくない。でもこれって、ずっとやっている店は必ず一度は言われることなんだ。 これはある商売屋さんの話なんだけど、「いつもと変わらずおいしいね」と言われるとしてやったりと思うらしいです。 本当はいろいろ変えていて、おいしくなるように、改良を続けているのに、って。



-それについては私も想うことが沢山あります。 でも、なにも変わってないんですよね。 それこそ製法や技術は仰るとおり、おいしくなるように、どんどん改良・進化している。


そう。 店を続けていると、必ず起こることなんだよね。

たとえば、うちのレアチーズでもそうだけど、その世に出てきて脚光を最初に浴びたころ、もう何年も前になるわけだけど、当時現役世代でそれらを買って食べてくれていた人たちは、おそらくいまは高齢にもなられて。


-そうすると味覚や味の嗜好も変わってくるという事実はもちろん、たとえば店のスタッフが

入りたてのアルバイトの子だと、その昔からの上客である方たちのお相手が充分にできなかったりすることがあります。



そうですね。それは店側の指導不足はもちろんだけど、高校を卒業したての子らにお客様と世間話をしなさいといっても難しい部分が、どうしてもあったりする。

そんなとき、たとえばいままでは自分が来店すれば、言わずもがないつものお決まりのケーキとお茶を出してくれていたのに、それと同じ対応が店側ができなかったとき、お客様はやっぱりご不満でしょう。


- そうそう。そうすると、その「ここも変わったわよね。」とか強いては「最近は美味しくなくなったよね。」に繋がってくるんだと思っています。 味はもちろんですが、お客様と一緒にお店も成長していかなければいけないわけで、長く店をやればやるほど、その期待も大きくなる。



そう、あらゆる世代に対応できないといけないですね。その点、うちは長く働いてくれてるマネージャーがいるから、彼らの存在は大きい。この人がいてくれるっていう安心感。それは、店としても、お客様からしてもね同じだと思う。






名店を継ぐことについては、どう想ってますか?

最初は実感がわかなかった。ぼやけてた。でもパリ時代の先輩が、後を継ぐことに悩んでいた僕に「売れるものがあることは、素晴らしいこと」と教えてくれたんです。


-売れるものがあることは、素晴らしい。


さっきのレアチーズの話に繋がってくることだけど、すなわち、そこにやりたいこと、できることを足していくだけなんだから、って。

ふつうは、「売れるものがない」からのスタートなわけで、すでに売れるものがある、ということは最高のことだと。




-ぴったりな助言ですね。



そう。でもそれが心底理解できるようになったのは、しろたえで働き始めて何年か経ってからだよ


ね。

二代目、後継者って、その家業が「死ぬほど好き」ってわけではない人が多いと思うんだ。

でも、僕はもともと食べることが一番好きだから、ケーキ屋で良かったと思う。

なんていうか、やっぱり後を継ぐことは自然な流れというか。だって、残したいでしょう。自分の育った環境、見てきたものを。



先代の開業以来、いまでは知らない人はいないほどの老舗洋菓子店は、赤坂の顔として多くの人から支持され続けている 。もとは武家屋敷や多くの大名屋敷にはじまり、明治維新後は各国の大使館が。そして戦後には高級ホテルに一流企業が数多く進出し、平成のこの時代も様々な開発が進むこの街は、現在も東京のシンボル的存在として日々感度を高めている。



-世間の期待が大きい分、応えるのも大変だと思いますが、今後の目標はどうでしょうか。


そうだね、自分のキャパティを少しずつサイズアップしていくこと。あとは繰り返すけれど、現状維持。レベルを落とさないことは当たりまえだけど、何より大切だと思っています。


- ひさしぶりに今日レアチーズをいただいて、やっぱり安心する味で、美味しかったです。それに、重厚感のあるこの店の雰囲気も大好き。 ここに居る自分に、ステータスを感じます。



ありがとう。跡継ぎもなにかと大変だけど、お互い頑張りましょう。笑



-お土産にレアチーズを人数分、買っていきます!今日はお忙しいところ、ありがとうございました。






西洋菓子 しろたえ 赤坂

港区赤坂4-1-4



「赤坂見附駅」徒歩2分 「赤坂駅」徒歩5分

日曜定休





写真・取材: 藤森もも子  / セルクル・デ・シェフ











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