かずくんkm4016とセリカ(GT-FOUR RC)くんとSW(MR2)くんとの珍道中記
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今日の大橋さんからのFacebookの記事を見て、大変ショッキングな出来事が、突然、起こりました。三井グリーンランド倒産(実際は、マリンピア黒井の倒産。現在でも、ホームページが存在して北海道と熊本に、三井グリーンランドは、現存してます。)')に伴い、埋め立て地で周りは即海だったその昔。三井オートスポーツランド。隣接するのはダートコース。セリカくん買いたての頃は、まだライセンスすら取得していなかった、1番最初の頃です。セリカくんで国道3号線を直走って行ったり、関門大橋又は関門トンネルを抜けて、九州は都市高速から九州道(所謂、高速道路)。どちらかで、どんだけダートコース場に通った事か。


それが、2013年4月20日・21日に開催された、ダートラ。それを持って30年の歴史に幕を閉じ、新たにモビリティ大牟田が設立。そして同年同月に、新たに開催地となっていたのが、九州唯一の恋の浦❗️コレが現オーナーが音信不通となり、契約更新出来ないまま、更新日が来てしまって、契約不成立となり断腸の思いで、恋の浦閉鎖❗️と言う、年末には有りがちですが、とんでも無いビックニュース❗️


調べてみましたが、モビリティ大牟田を設立したのは、まだ、ネットは閉鎖されていない様子ですが、なんと❗️九州では、超有名なラスカル。このJMRC九州の地区戦ラリーでも有名なラスカルさんの会長さんなんだそうです。しかし、おりからの三井オートスポーツランド閉鎖に伴い、折角新たに立ち上げたモビリティ大牟田も2013年4月20日に、消滅。移転先が、恋の浦。と、なってます。


因みに、ラスカル会長さんが経営するショップのサイトです。


九州では、ちょっとした老舗。アルテックレーシング❗️耳にした事がある方が、居ると思います。恋の浦での2022年全日本ジムカーナの事など、更新されないままになってました。









いやぁ〜冗談にしては、あまりにもキツイですね。ホント❗️ジムカーナな場合はまだ如何にか、救いの道は残されてますが、ダートラ選手達は、来年からどうやって行くんでしょうかね❓九州唯一だったんですから。恋の浦。ダートコースが無くなっちゃったんですからね。





今年師走。とんでも無いとてもとても、ショッキングなニュースでした。元々はダートラから、モータースポーツの世界へ入ってやって行こうと、その願いも虚しく「SW20❓ん❗️良いよ。」「でもSWでダートラやるには、かなり資金がかかって大変だよ。」「インテとかシビックとか、手ごろで入手し易く安くつく車の方が良いんじゃない❓」ACKの徳尾会長との談話。




しかし、オイラはSW購入後、SWでダートラから始めていく事を諦めずに、突き進んでました。っが❗️資金がかかるよりどう足掻いても、ダートラには必須パーツが入手出来ない事が、やって行く内に発覚したんです。それは、SW20用のアンダーガード❗️ワンオフで製作するしか、もう無い時代だったんですね。アンダーガードを入手して出来たダートラ選手達は、今だにSW20でダートラに出場してます。しかし、型枠がないとアンダーガードを、ワンオフで製作できないと、なって、路頭に迷う人生の始まりとなって行くんですね。。まぁ、所謂、mascの米谷さん(当時、JMRC中部地区のラリー部会長を務められていました。)とmascのラリー部会長だった長坂さん。この2人に只管、オフィシャルに駆り出される日々。ラリーを中心に、キョウセイでのジムカーナから、鈴鹿サーキットでのクラブマンレースのオフィシャル。そして、mascの年に一度の、唯一のダートラ。どんだけバイトに追われる中でも、しょっちゅうオフィシャルのお手伝いに、引き摺り回された事か❗️でも、楽しかった思い出です。良い経験をさせて頂きました。




そう言う経緯の元、mascが美浜サーキットでLuckとして、サーキットミーティングつまり、ショップでのサーキット走行会ですね。に、参加。コレに参加しつつ、手に入れてから経っていましたが、紅色がトレードマークのオイラのSWくんで、美浜サーキットでのみ参加させて頂いてました。ほぼほぼノーマルで、戦闘力なんて全然なオイラのSWくんでした。




他の参加者達の車両は、もう正に❗️バリッバリにチューンドされた、美浜サーキット専用の様な車両ばかり。そんな中、参加させて頂いちょりました。1周を、普通に1分を切って走るのが当たり前❓40秒台中盤から後半のタイムで流しながら走っている人、目を三角にしてステアリングに齧り付いて走っている人。色々でした。常連さんの様な方や、キョウセイジムカーナシリーズで、お世話になってたZESTの松下さんも、新型として登場まもない86(ZN6)を持ち込んで、ほくほく顔だった覚えがありますね。ドヤ顔してました。




そんな人たちに紛れてオイラただ1人、2分台から1分50秒台。1分30秒台。如何にか1分10秒台まで漕ぎ着けながら、1分台がどう足掻いてもきれなかった悔しいかった事が、思い出されます。それから、でしたね。他に今のオイラのSWで、エントリーしてやって行けそうな種目。カテゴリーは無いものか❓ってね。RSTの大島さんに頼みに頼んで、オイラのSWくんにキャロッセ(クスコ)のロールゲージ(セーフティ21と言うWRCの実戦でも使用されているロールゲージ)を、装着して頂いたり、タイヤをLuckの範さん(勝田 範彦氏)に、ダンロップのタイヤを、進めて頂きLe Man703と言う初めてだったダンロップのタイヤ。その経緯からダンロップ デイレッツァ 102Zに変更。そして、ブレーキパッドにウィンマックスのitt'zのSW用の、ジムカーナに使えるパッドに変更。リアにはメタルのRM2と言うメタルパッドをチョイス。コレでまだ間もなかったですが、美浜サーキットでのLuckのサーキットミーティングとキョウセイでのジムカーナ練習会に明け暮れてましたね。結果的には、前半で55秒65、午後からでも55秒78と、本当❗️オイラが出したタイム❓って疑いたくなる程、悔しくもあり1分台を切るどころか50秒台でも、その日も、オイラが1番遅かったんですが、55'56と言うタイムに、放心世帯だった様に、思えますね。嘘⁉️って。嬉しくもあり悔しくもありっと、複雑でしたね。信じられなかったんですね。コレから更に戦闘力アップして行ったら‼️⁉️って感じでしたからね。オイラじゃ無いみたいな感じじゃなかったかの様でしたよ。その時は。




っで、巡り会ったのが運命とも言うべき、ジムカーナのキョウセイジムカーナシリーズ。ZESTさんが主催で、毎年2月から11月までのシリーズ戦として、ジムカーナの登竜門としても、有名でした。なもんで、月の第4週目の土曜日には、必ず練習会と称して開催されていたのを、発見❗️只管練習会に、足を運びました。其れで、まだ目標も定まっていなかった頃です。コレまた運命❓的な出来事に遭遇するんです。其れは、凍てつく冷たい雨が降り頻る中、美浜サーキットで開催されたJMRC中部地区戦のオフィシャルに、RSTのミキティさんに呼んでいただいたんです。即答で行きました。2月の事でした。



そして、降り頻る雨は一向に止む気配どころか、より降るばかりな中での、コースオフィシャルのお手伝いでした。オイラもミキティさんも、雨で風邪引くんじゃないの❓ってくらいに、ずぶ濡れ状態。オイラは、フリーズ寸前でした。そんな中、オイラを、コレほどまでにSWくんでジムカーナ一本に絞って極めたろ❗️っと一大決心させるオイラにとって、ショッキングでもあり衝撃的でもあった事は、この事が初めてなくらい。衝撃的でしたね。今でも色濃く脳裏に焼きついて離れない、ワコーズカラーに包まれたFD7(RX-7 FD3S)の走りでした。とんでも無い走りをする車が居やがる❗️何でサイド引いてターンしてドリ状態になってケツ(リア)が流れて滑って行くだろうに。何故に流れん‼️まるでグリップ走行だ❗️なんであんな走りが、FDとSWとの違いはあれど、出来て走れるんだ⁉️其れに、悔しいじゃない。こうやってジムカーナ選手達はこの走りでジムカーナをやっている人たちがいる。いないんならまだしもね。このまま出来ないままなんて余りにも悔しいじゃん❗️やったろ❗️



コレが、正に❗️決定打でしたね。ジムカーナでオイラがSWくんで、どこまで通用するかわからないが、オイラもSWくんで出来る様になっちゃる‼️一大決心した瞬間でした。コレからでしたね。兎に角、先ずはそう簡単にはサイドターンがやり難い、サイドターンが出来ないSWくんで、如何やったらジムカーナでのサイドターンができる様になるのか❓




コースに出てジムカーナと言う本質に触れる前に、SWくんも、ジムカーナで通用する戦闘力も持たせないといけないし、コレをやりながら、只管、SWくんでのサイドターンの練習に明け暮れてましたね。土日になっては兎に角、キョウセイへ行って練習。コレが今も走馬灯の様に蘇ります。




まぁ、思い出したく無いですが、決して忘れては、ならない出来事。それは、オイラが無茶な扱いをしてしまったばかりに、コレからだ❗️ってぇ時に、オイラは、その大事にジムカーナに使っていたSWくんを、再起不能、修復不可能な、単独での全損する車両火災❗️これを、起こしちゃうんですよね。大失態ですよ。




っで、毎日、ジムカーナに新たにSWくんを手に入れてから必ず復帰したる‼️っと、嘆く日々を、暮っちょります。もうかれこれ2〜3年の月日が経ちます。しかし、諦めてません‼️必ずやジムカーナに復帰して、まぁ、キョウセイジムカーナシリーズからのやり直しとなりますが、復帰したる❗️諦めません‼️




っが、今回のとても大きなジョギングな、恋の浦閉鎖のニュースは、とても残念です。救いの手は、差し伸べられないのだろうか❓切に願わずには、居られません。





そして、ふと、12月になってから、思い出したんです。11月のキョウセイでの今年最終戦。キョウセイジムカーナシリーズ。行ってなかったなぁ。って。事実、オイラ、忘れてました。すいません。色々と新たに購入する為のSWくんの事や、復活させるセリカくんの事などなど、やっているもんでね。今回は、勘弁しちょいてちょ❗️






冒頭から、全く信じられない、突然の残念なニュース。全くの寝耳に水。驚きでしたね。






オイラは、新たにSWくん購入して、ジムカーナに復帰する事と、相棒のセリカくん復活に、努めたいと思います。四苦八苦、切磋琢磨、孤軍奮闘。して行きたいと思います。










さて、改めて、今日の製作です。




予約が始まった時に、予約して購入していた物件。長谷川製作所 1/24 TOYOTA SUPRA Turbo A(MA70)。後のお楽しみとばかりに保管していたんですが、此方も今回から製作し始めちゃいました。






先ずは、各パーツをランナーから切り離し、仮組みを、実施している最中。しかし、コレもある意味嬉しい誤算。タミヤもビックリな組み易さとパーツの合いが、素晴らしい❗️従来の長谷川製作所のプラモは、何だったのか⁉️と、思ってしまう程の、各パーツの精度向上❗️そして仮組みなんて必要ない程のパーツの合いの良さ❗️例によって、長谷川製作所のプラモは、殆どがエンジンオミットのカーモデルばかり。なもんで今回の70 スープラturbo Aも例に漏れず、エンジンオミットモデル。コレはプラモ製作者を選ばない、誰にでも製作してもらおうとした結果なんでしょかね❓そう言う配慮なんでしょうか❓


オイラみたいに、このプラモをプラモとはせず、素材として製作する者。将又、キットをこのまま、塗装して完成させる者。ディテールアップして完成させる者と、其れは幾多に及びますね。そう言う観点からの作り易さと、ある程度、完成後は、余り見たりしませんが、サスペンションなどの足回りが、タミヤもビックリな程のリアリティと密度感ある構成。然も❗️組み易い。綺麗にマスキングして、塗り分けてキッチリと組むだけでも、完成後はかなり密度感あふれる構成となっちょりますね。そうした長谷川製作所の配慮❓が、感じられる構成となっているのに、ちょいと、驚きましたね。遂に❗️長谷川製作所よ、お前もか❗️って感じです。タミヤに続け❗️とばかりなんでしょうかね。



って、オイラは、先ずは、コイツは、全くのド・ノーマル車両として、製作して行く事にしました。エンジン&ギアBoxは、完成後、覗いて見える部分のみの、モールドとなっている為、コレを削り去って、他のキットからエンジン&ギアBoxを、移植しようと企て居ます。ラジェターや純正インタークーラーなどなどね。そして、左右のドア開閉。これを、やってやろうかなぁ、と、思いつつ仮組みを、先ずは、やっています。






此方は、予定通りに、エリック・ベルナールのポールリカール仕様のLC90のウイングを、レスダウンフォー仕様へ変更しています。問題は、やはり、フロントショックのカウルを、モノコックから切り離した亜久里さんのJapanGP仕様のフロントショックですかね。後は2台とも、モノコックとセンターカウルが全く面一にならず、隙だらけのダンチガタガタなんでね。コレを何とか料理してやれば、楽勝かなぁ❓と、見通しでます。サイドポンツーンに付く、コンピュータ関係のパーツやエンジンへの補器類などは、流用パーツやプラ材からでなんとかなりそうですしね。後は、タイヤを装着してからの、ビシッとタイヤが4本、設置する様に、水平垂直出しですね。製作して行きます。









もうちょっとキチンと方眼紙に、図面を描けば良いものを、便箋を方眼紙がわりにして、ラフスケッチから、スケールを使って、下手くそですがらしい感じの図面を、引きました。





寸法までは記入してませんが、こんな感じです。




上がキット付属のモノ。ランナーから切り離したところ。

下が図面を元にプラ材で、ヒンジを製作しているところ。





居ても立ってもいられなくなって、遂に❗️かなり久々に製作再開しました。上記の画像の通り。先ずは、図面を描き自車両のフロントカウル(フロントボンネットね)のヒンジ。コレを先ずは、プラ材で試作品製作しちょります。コレで何とか上手く行ったら、洋白板と金属線に置き換え、本製作して行きます。兎にも角にも今回の1/16 normal testarossaの頭を抱えて今だに良い解決策が、思いつかないのが右ドアとリアフェンダーとの、大きな''ダンチ''‼️ダンチって言うか、全く面一にならない程の段差なんですね。困ったもんです。


一時はポリパテでやれば❗️なぁ〜んて軽く考えていたんです。どうやら今回はポリパテでも、難しい感じ。やはりプラ板の切った貼ったかなぁ〜❓悩みます。しかし、そんなnormal testarossaの製作ですが、久々に製作して行くうちに、段々と完成が楽しみにもなって来ました。このまま、自家で本塗装&仕上げの手前まで、製作しようと、思います。Koenigもあるんだよなぁ〜。すっかり埃まみれになってしまっている現状のKoenig testarossaですが、いつ頃、製作再開しようかな❓取り敢えず、現在、製作している物件の製作が、ひと段落ついてからかな❓



Koenig testarossaの製作ですがまだ、見通しつきませんね。






今日の製作は、前回の製作でも述べていた通りに、エンジンをメインに、製作しようと思います。


この組み説部分ですな。中々、面白い組み方をしちょります。まぁ、時間に余裕があれば、まだ、装着していなかったサイドステップから拡大されたリアフェンダーなど、ボデー関係を、製作しようかなぁ、と、行った具合いの1/16 Countach 5000quattrovalvole SPECIALです。




しかし、製作し始めたらKoenig testarossaは、別格ですが、やはりカッチョ良いですよね。Countach❗️別物‼️確かにtestarossaも自車両を、目の当たりにしたりすると、それはそれで欲しくなってしまう程、良いなぁ〜なぁ〜んてなっちゃいますがね。やっぱりCountach❗️ですな。
















今回は、冒頭でお伝えした通り、波瀾万丈ですな。もう直ぐ、クリスマスです。楽しみですな。






























...to be continued。