M16わし星雲 モザイクに挑戦!!
まぁ、当ブログをよくご存じの方は予想どおりのことではございますが、
初めて、あるいは検索で来られた方には深くお詫び申し上げます。ゴメンなさい。
満月期の憂さ晴らしということでご容赦のほどお願い申し上げます。
元が悪いのか、K5Ⅱsでの撮影とはいえ、やはりノーマルカメラの限界とでも申しましょうか、
ネット上で見るM16の赤じゃない橙がかった色が出ません。
普通に処理すると、超マゼンタです。えぇ~い、ならモザイクじゃ・・・というわけです。
こちら、俗に言う普通の天体写真です。ねっ、面白ないでしょ、色も変だし。
撮影条件: ISO 3200_240秒×13枚
撮影機材: PENTAX K-5Ⅱs(無改造)、BKP130 TSコマコレクターBy Senior MICHIE
使用架台: A-GT赤道儀、ガイド:低重心ガイドマウント+RFT80S+イメージシフト+NexGuide+祈り
画像処理: SI7でダーク・フラット処理、13枚加算平均コンポジット&デジ現他全処理。
ElementsはJPG変換のみ。
撮影日時: 2014/05/04 00:41:30~
撮影場所: 山口県柳井市自宅庭ガイドの不調を嘆く山口のじぃがいます。
次の新月期、黄砂やなんやかんやが治まりそうなので期待してます。気合いも入ってます。
撮影予定も9セット。ま、打率3割としても3セットはサンライズ可能でしょう。
現在ステラナビゲータで構図やら撮影の時間配分を計画中。
皆さんは、月の入りを待って撮影するのと、月が出るまでの撮影。どちらが良いですか?
お若い人は、無制限一本勝負が可能ではあると思うのですが、私は、月が出るまで撮影が体調も良いです。
理由は無理をせずに済む。月が出たらチャンチャンですからねぇ。入りを待ってからだと、
どぉしても薄明まで無理をしてしまう。な~んて、体調気にして遊ぶ年齢ですわぁ。
これでも、あんた、昔は3日二晩寝ずにバイクツーリング出来てたんですよぉ。
3日二晩ではないが、ここで昔話をひとつ。
学生時代の先輩のIさん。卒業後、東京でとある方の秘書をしていた。
そのI先輩が、○○ちゃん、夏休みにでも東京来れたら案内したげるよ。東京から見たら大阪は田舎やでぇ。
物産の裏口見せたる、だの、商事の玄関見せたるだの、まったく内部には触れない。でも、行った。
ちょうど、新宿コマ劇場での百恵ちゃんまつりが見たかったから、行った。
行きは大阪市内自宅から松坂までバイクCB750Fourで、松坂からフェリーで晴海まで。朝7時に到着。
地図は頭にたたき込んでいた。「おぉ!!ここが銀座かぁ!」そこは築地だった。
本物の銀座であわてて地図を確認。あぁわれひとととめゆきて。やがて新宿。高層ビルの下で一服。
裾の広がったビルを見上げる。安田火災(当時)のビルだ。屋上がガスで見えない。東京スッゲェー。
後年、そのビルを窓越しに見上げながら寝るアパートに住むとは、この時考えもしていない。
I先輩に電話して待ち合わせ場所の確認。「○○ちゃん、スーツ持ってきた?」なんやそれ?
「ほなウチに寄ってからにしよう」結局、夕方まで時間つぶし。でもヒマではなかった。
見るものすべてが感動と驚きの連続だ。なにせ、大阪も大都会とはいえ、全国ネットの出版社は無い。
この学生君、道路標識にも感動!渋谷、赤坂、六本木。なみださしぐみかへりきぬ、だわさ。
後年、就職してから、上司と一緒に昼休み新宿の高層ビルの下を歩いていた時のこと。
私は、ビルを見上げながら東京ツーリングの思い出に浸り、やっぱ下から見ると高いなぁ。
ふと気がつくと部長が私から離れ気味に歩いている。私が寄っていくと部長が言った。
「○○君、ここでそんなに上ばかり見て歩いていると田舎者だと思われるよ」
私は驚き、部長に言った「田舎者ですやん。大阪にはマーチャンダイズマートしか無いですもん」
「君はおもしろいねぇ」その三年後、この上司と大喧嘩することになるのである。
話を戻します。I先輩から、その夜、大学のOBの方たちと会食があるので、それに私も同席せよと言われた。
その場所が、私の服装が似つかわしくないというのだ。
その時の私の服装は、上はメキシコで買った鹿皮のジャンパー。下はビッグジョン28インチ(細かったなぁ)
ブーツ。首にはタオル。行先は赤坂のフランス料理店。当時の私は、そんなの知ったこっちゃねぇ、って感じ?
でも、先輩がせっかくスーツを用意してくれたので着替えて行った。
赤坂のパントルージュという店、行ってわかった。スーツに着替えて良かったぁ。って。
この店は後年、仕事で何度か利用するようになったのだが、いつの間にかなくなっていたなぁ。
学生にはもったいない料理がつづいた。行儀も良くなかった。先輩たちの話は意味がわからなかった。
あとでオーナーだと知るのだが、その時は、えぇ匂いのするお姉さんやなぁ。年上でもこんだけ美人やったら、
えぇなぁ。って、何がえぇのかわからないが、そんなことばかり考えていた。
この時のOBの中に、後に・・・の・・・の社長になるYさんが居た。後年この人とも喧嘩しちゃうんだよなぁ。
って、言うと、山口のじぃは相当喧嘩っ早いと思われるかもしれないが、全~然、穏やかで常識豊かな性格です。
ただ、筋の通らぬことが嫌いなだけで、清濁併せ飲む度量が無かったのですなぁ、今にして思えば。
俗に言うボンボン?大人になりきれないガキ?ブログ見たらわかるでしょ。って、ホットってくれ。
食後、歩いてすぐのところにある「森の家」という何て言うのかなぁ、広い静かなバー?
店の中央にグランドピアノがあって、壁に沿ってテーブルが置いてある、下戸の私には不要のお店だった。
後年、パントルージュを利用した後、前を通ることはあっても寄ることはなかった。オネェちゃんが居ない店だから。
翌日からI先輩が、本格的に東京を案内してくれた。と言っても、I先輩の用事をこなしながらである。
その用事というのが、都内にある主だった交差点の横断歩道の写真を撮ることだった。
国会に出す法案の資料に使う写真撮影である。現在、横断歩道は横線だけで縦2本は無くなっているが、
あれは白線内に水が溜まることによるスリップ事故を無くす為に縦2本を外したのだ。
よって現在全国の横線のみの横断歩道は、山口のじぃがバイクで都内を走り回って実現したと言っても過言です。
さて、商事の玄関も見たし、物産の裏口も見たし。百恵ちゃん祭りも最前列中央で見たし。
帰りはひたすら下道をツーリング。朝7時に板橋のアパートを出発。先輩から餞別をいただく。えぇ先輩やぁ。
地図はいらない。なぜなら東京から大阪まで1号線を走ってい行けば良いだけ。
今ならまだしも、当時は幹線道路しかわからないので、ひたすら標識どおりに走る。
東京を発ってなんぼも走っていないのに魔がさした。標識に「横須賀」の文字。百恵ちゃんの故郷でないかぇ!
1号線から外れた。来た道戻れば良いさ。で、戻れなかった。迷った。しかし、途中感動的体験をする。
道端にバイクを停めて地図を見ていると、ひとりの警官が近づいてきた。そして話しかけてきた。
「どぉしたの?道迷った?」「大阪から?大変だなぁ。」「1号線はさぁ」
ギャビ~~ン!!こっちの警官、テレビとおんなじ言葉しゃべりよる~ッ!!
大阪の警官は遅れてるなぁ。
「にいちゃん、どないしたんや?」「1号線はなぁ、こぉ行って、あっち曲がって、ポテチンや」
ひたすら走る。下道を走る。芦ノ湖スカイラインも走った。富士山を見ながら走った。にしても静岡は広い。
やっと名古屋だがや。もぉ夜だがねぇ。途中、遊びと寄り道が過ぎた。
名古屋。今なら道は知悉しているが当時はひたすら1号線。笹島の交差点で暴走族に出会う。
10台ほどだが、全部音だけの田舎くさい改造車だ。こちらは正統派750ライダー、今と同じく無改造。
囲まれたが、堂々と、頭らしきGT380の横まで行って並走。
少し前に出てこちらのナンバーを見せ大声で「東京から大阪まで帰るとこや!!」ピースサインを出してみる。
すると、頭らしき奴がアメパト鳴らしたので、会釈して、ギアを一つ落として爆音一発走り去る。
見た目のやり取りはかっこよかったが、内心「あぁ恐かった」でガス。単機で出会いたくはない。
途中何度か休憩したとはいえ、もぉ12時間以上走り詰め。名古屋を抜ければあとは知った道ばかり。
奈良に抜けるか、そのまま1号線で京都へ行くかしばらく迷ってるうちに一宮の標識だがね。
疲れに負けて、1号線で京都へ向かった。そこで事件に遭遇というか、未体験ゾーンに突入。
翌昼過ぎ、自分の部屋で目覚める。長距離走行後の楽しみである、バイクの点検と整備のためバイク置き場へ。
チェーン延び過ぎ~。バルブ隙間空きすぎ~。など等。鼻歌交じりに作業を行う。
長い道のりを思い返しながら作業を進める。名古屋のボーやんとの遭遇。奈良か京都か迷い道。
そして、京都コースに決定。そこで事件。その後の記憶が定かでない。栗東辺りからの記憶が完全に無い。
その後、なんど思い返しても、無い。その間の記憶が全く無いのである。
ま、思うに、家まで無事故で帰って来たということは、目は開いていたということだろう。
しっかし、意識はというと、それは眠っていたのじゃないかと思う。
なぜなら京都から大阪界隈は庭みたいなものだから、意識は無くとも帰巣本能だけで走れる範囲。
だから、栗東あたりから家までは目を開けた居眠り運転をしていたってことなんよねぇ。
よって、二輪でも居眠り運転はできる。ただし、目を閉じちゃぁダメ!!
しっかし、一晩寝たら疲れが取れるって、えぇ時代やったなぁ。今は三日後に疲れが、出る。

