友人の事故に思う
ふと思い立ったので書き残しておきます。
以前、皇座山頂にて天の川を背景に友人と記念写真を撮ったことがある。
その時座って写っていたのが、この歳で出会った生涯の友、マコちゃん。
その時の写真。
彼と私は、氏も素性も性格も何もかもが正反対。同じところは日本人で男、ということぐらい。
出会いは、ストップモーション、なんて可愛いものではないのだが、彼は元は瓦職人。
私がこちらへ越してきて1年ほどが経ったころ、近所で平日無人の豪邸の屋根の葺き替えを彼がしていた。
器用に屋根の上を移動するさまが素晴らしく、実家の庭から飽きずに眺めていた。
しばらくして、彼は昼食のため地上に舞い降りてきた。誇張表現ではない。
まさに舞い降りるという感じで彼は屋根から下りてきた。ミッションインポッシブル 4 だ。
近くで見て、驚いた。年齢が私と同じぐらい、40を少し過ぎたぐらいだった。
ちなみに私は屋根どころか、脚立の3段目ぐらいから足が震える。いちばん上でエヴェレスト登頂気分が味わえる。
と、ここで彼との共通点を思い出した。彼と私は共にスーパー下戸である。一滴のアルコールも身体が受け付けない。
昼食を初めた彼に話しかけた。「食事終わったら一服がてらウチでコーヒーでも飲みませんか?」
映画「眼下の敵」ではないが、この短時間の間に気脈は通じていたのかもしれない。彼は了解した。
コーヒーを飲みながら、しばし歓談。彼は、私の訛りを聞くまでも無く、こちらの人間でないことはわかっていたらしい。
平日ボケーっと、ヒトの仕事眺めてるような暇人はこの辺にはいないとのこと。
その日、私は徹夜明けで休んでいたのだが、彼は取り合ってくれない。未だに私のことを有閑人種だという。
それから、平日無人豪邸の仕事が終わるまでは、ウチで一服のスケジュールが出来あがっていた。私が留守でもOK。
妻はこちらの人間なのだが、彼のことは知らなかった。しかし、彼は妻のことを良く知っていた。
私は妻のことは学生の時からしか知らなかったので、彼から聞く子供のころの妻の生態が非常に楽しかった。
彼、マコちゃんとはそれからの付き合いである。コーヒー友達だ。肝胆相照らすとまではいかないが、
妙に気の合う、一緒に居て飽きない友達だ。彼の半生の話は面白く、また、彼も私のバブル崩壊後の人生を
面白がって聞いていた。ちなみに宇宙の話しには彼はまったくノッテこない。
彼は生まれも育ちも柳井なのだが、天の川は私が教えるまで知らなかった。あぁもったいなや!!
彼が事故に会ったのは今から5年前の夏の暑い日だった。
私は柳井市の隣のとなり、下松市の客先に居た。さぁ、帰ろうと車に乗った時、携帯が鳴った。
番号だけが表示されている。私は誰だろうと思いながら出た。
相手は、マコちゃんの奥さんの友達からだった。
内容は、マコちゃんが屋根から落ちて病院に運ばれた。とのこと。驚く私に、彼女は私が心配しないように、
言葉を選び言った。「命に別条はないです」って、エッエェ~ッ!!生き死にの事故かえ~~ッ!
病院は柳井と下松の間、光市だったので私は急ぎ病院へ向かった。既に、応急処置や検査が済み、彼は病室に居た。
意識は無い、重体だ。彼の奥さんから色々と状況を聞いた。九死に一生とはこの事だろう。
現場にいた大工さんの話によると、屋根からスーッと頭を下に落ちたらしい。
以前、彼から聞いたことがある。夏場の屋根瓦の上は暑いじゃなく、熱いのだと。おそらく気を失ったのだろう。
幸い、落ちた場所が、廃材が積み上げられたところだったので、命だけは助かったような大変な事故だった。
その後の検査結果は悲惨なものだった。首から下の動きは絶望的。起き上がれたとしても一生、車いす生活。
それを聞いた時は、まいった。正直、まいった。
よくドラマで聞くセリフが思い浮かんだ。「なんで、こんなえぇ奴が」って。
意識が戻った彼に私は言った「どぉすんねんなぁ?身体ぁ。医者は寝たきりや言うてるけど、アカンでぇ。
ちゃんと動けるようにならな、承知せぇへんからなぁ」
彼はそれに答えず「たばこが吸いたい」と言った。私は「たばこ吸うには最低中指と人差し指の二本は動かなアカンなぁ」
それから十日ほどして、彼から連絡があった。右手の中指と人差し指が動かせるようになったので、
私に、パーラメント買って持ってきてくれとのこと。
私は急ぎ、たばこを買って病室に向かった。車中、涙がこぼれて仕方なかった。うれし涙ではなかったと思う。
ただただ、涙が流れた。途中、ホームセンターで携帯灰皿を購入。
彼は旨そうに煙草を吸った。私は彼のその顔を見て、たばこをやめようと思った。
なぜなら、個室とはいえ、私には病室でたばこを吸う豪気さは持ち合わせてはいないから。
それからの彼は、医者が驚く回復ぶりを見せた。その時私は彼のことを「驚異の爬虫類おとこ」と呼んだ。
寝たきりのはずが、自力で起き上がれるようになり、地元の病院へ移った。
やがて、車いすに自力で乗り移れるようになり、杖をついてだが、今は自由に歩き回っている。
車の運転も以前と変わらぬ乱暴運転が出来るまでになった。車にはきっちり「障害者マーク」が貼ってある。
事故時の元請け会社の社長の奮闘で労災が適用され、今は経済的には心配なく生活できている。
長男も無事大学を卒業さすことが出来た。
名実ともにマコちゃんは有閑人種になった。
私は改めて思う。医者は科学者である。現状の分析からしか将来を予測出来ない。
相手が人間だった場合、ネガティブな将来を覆すことができるのだと。
そして、患者に強大な勇気と絶大なる希望があれば、必ず生きれる。と。逆に、五体満足でも死んでいることもある。
学生時代読んだ本に「夜と霧」というのがある。著者フランクルはユダヤ人の医者で、ナチス時代の強制収容所での
体験記である。本の中で、ひとりの少女のことが書いてあった。少女は病気に侵されていた。フランクルの見立てでは
この夏を越すことは出来ないだろうと思っていた。
そんな時、収容所内に、今年のクリスマスに連合軍が解放に来てくれるという噂が流れた。
彼女の耳にもその噂は聞こえてきた。やがて、収容所に暑い夏がやって来た。少女は生きた。そして秋。彼女は生きた。
少女は解放の日であるクリスマスまでの日を指折り数えていた。
そして、クリスマスの日が来た。連合軍は来なかった。翌日、彼女は二度と目覚めることはなかった。
私は、唯心論者ではありませんし、どちらかというと唯物的かな。ただ、何かあるよなぁ、人間の意志力って。
しっかし、友達が元気であるということは、素晴らしいことだ。ヤッホーぃ!!!!!!!!
みなさんも事故にはくれぐれも気をつけて、天寿とやらを全うしましょうぜ!!
