百済の古都と茶畑を訪ねて 2023年
7 ムグンファ号全州行き
扶余の中心部に戻ってきた。夕飯をどこで食べようかとあたりをウロウロする。中央市場近辺だけでなく、バスターミナルの反対側にも行ってみる。こちらは地図に扶余五日市とあり、今でも五のつく日に市が立つ。もっともそれ以外の日でも営業している店はそれなりにあるのだが、入口の仰々しいアーチが虚しく思えるほど、人通りは少ない。
それにしても、意外なほど食べたいような店が見当たらない。結局、昨日と同じ店に入ることになる。昨日がカツ丼だったから今日はカレー丼にした。量が少なく、結局、また夜食用にパンを仕入れる仕儀となる。
ぶらぶらと歩いて、また宮南池へやって来た。平日だからか、昨晩より人出が少ない。雲が多いので、暗くなるのも昨日より早い。池のほとりの大ブランコだけには照明が当たっているけれども、その他の場所はどんどん闇に沈んでゆく。
ベンチに座って涼んでいると、19時25分、突然にライトアップの明かりが点灯した。昨日もあと3分ねばっていればよかったのだ。照明に浮かび上がるのは池に浮かぶ小島にある抱龍亭なる建物とそこへ渡る橋くらいだから、さしたるものではない。とはいえ、周囲に他の明かりが少ないから、結構見栄えがするのである。
帰り道、扶余群庁の前にある百済大鐘もライトアップされていた。それならばと定林寺址にも回ってみたけれども、こちらのライトアップは昨晩と同じ状況だった。
* * *
ぐっすり眠って、次の日の朝。昨日よりも雲が厚く、空気もじっとりとしている。
パン屋のエッフェルに立ち寄り、緑色のあんが入ったあんパンと黄身しぐれ風の栗あんが入った「まんじゅう」(値札にそう書いてある)を買っておく。
バスターミナルの券売機で婆さまが「チョナン(天安)」行きの切符を買おうとしているのだが、操作がわからないらしい。代わりに操作してあげたら、今度は5万ウォン札を受け付けない。と、そこへおっさんがやって来て、お札を婆さまの手からもぎ取ったかと思うと、どこかでくずして来た。このおっさんは、いつも待合室入口の机に座っていて、案内員を勤めているようだ。このターミナルでも窓口はひとつも開いていず券売機があるだけだから、こうした人の配置は不可欠だ。
論山行きバスの乗客は多かった。といっても十数人だからたかが知れている。昨日見て回った王陵苑や青馬山城入口のバス停はたちまちのうちに通り過ぎた。ぼんやりしていたら、王陵苑すら気付かなかったかもしれない。後半は自動車専用道を走り、KTXの高架をくぐり抜けて論山の市外バスターミナルに着いた。
500メートルほど離れた鉄道駅へ向かう。道の両側は車の修理屋などが並ぶ場末の雰囲気で、駅が近づいても一向に変わりがない。道を間違えたはずはないがと不安になった頃、左手に跨線橋が現れた。駅舎は線路の反対側だったのだ。
宮脇俊三の時代には木造平屋の田舎駅だった論山駅も、現在の建物は安っぽく何の魅力もない。駅舎内には券売機があって、やはりキャッシュカードは使えないけれども5万ウォン札は使える。ただし、表示は韓国語と英語のみである。次の目的地である全州の綴りは間違えやすいから窓口へ行って購入する。
今の韓国国鉄では改札をしないので、さっさか構内の跨線橋を渡ってホームに降り立つ。ホームが低いので標準機間の線路幅がますます広く感じられる。ホームの待合室に入ると冷房が入っていた。
やがて電気機関車に牽かれたムグンファ号が5両編成でやって来た。指定の座席は11番で通路側だなと思っていたら窓側であった。
論山を出るとたちまち時速100キロメートル程に加速した。揺れも少なく、やっぱり鉄道はいいなと思う。窓の外には桜並木が並走している。花の季節になったらさぞかし見事なことだろう。
途中で警乗らしき制服の男が車室の端で何か挨拶して通路を通って行った。きわめてソフトなしゃべり方で、軍人が乗客を蹴散らして行進していたかつての韓国とは別の国のようである。
快適な車内ではあるが、冷房は少々効きすぎだ。そのうえ車室の端には家庭にあるようなクーラーが追加で取り付けられていて、車掌がスイッチを入れに来た。設定温度は22度となっている。
全州までの所要時間は48分、もっと乗っていたい気がするけどここで降りる。全州駅は瓦屋根をのせた趣のある駅舎である。
そういえば、駅で改札をしないだけでなく、車内でも検札などなかった。客は不正乗車をするものと決めてかかっているどこかの国の鉄道とは大違いだ。











