JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。

今週は、俳優・片桐はいりのエッセイ『グアテマラの弟』を、一部編集してお送りしています。

5日目の今夜は、「物乞いとアミーゴ」から抜粋して、お送りします。

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「アミーゴ(友達)」というスペイン語には、一体どれだけの間口があるものなのだろう？

ひしと抱き合う男たちの間でも、お店の人とお客の間でも、この言葉は頻繁に使われる。

弟が使う「友達」という言葉も、間口どころか、奥行きも深い。

この人に言わせると、通りすがりの人も、毎日のように家に顔を出す隣人も、みんな一緒くたに友達なのである。

年齢も性別も、お構いなしだ。

弟やペトラさんが、一歩街に出ると、そこかしこのお店の人、行き過ぎる人、家の窓から顔を出した人、次から次へと挨拶の応酬である。

弟の家から一番の繁華街を通って、市場に向かう15分ほどの間、彼らは常に、

「オラ！オラ！」

言い通しである。

脅して歩いている訳ではない。

「オラ！」は、スペイン語で「やあ！」とか、「こんちは！」に当たる言葉だ。

「ハロー！ハロー！」という口当たりで、「オラ！オラ！」と、街をのして歩く訳である。

たまに、「誰？」と尋ねると案の定、弟は「友達」と答える。

初め訪れた時、私は思わず、開通したばかりのファックスから、

「弟は、街中の人と友達であるように思われます」

と、両親へ報告したものだ。

でも、今回落ち着いた目で観察してみたら、こちらの国では、すれ違った時に目が合うと、とりあえず挨拶をする習慣があるようだ。

たとえ知り合いであろうとなかろうと、彼らの様子を見ていると、「ブエナスタルデス！(こんにちは)」で通過するのは、見知らぬ人。

立ち止まって、「ケタル？」とか、「コモエスタ？(あら、最近お元気)？」というような会話を交わすのは、顔見知り。

ハグをして、ちょっと立ち話をするようになると、やっと日本で言うところの友達、という事になるようだ。

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この厄介な挨拶と同じくらい、道端で飛び交うのは、掛け声やはやし声の類である。

いかした女の人が通り過ぎると、口笛を吹いたり、野次を飛ばしたりする、あれである。

ラテンの国を旅する日本人は、有名なチーノ攻撃からは、逃れられぬ運命にあるようだ。

チノ、つまり中国人という事だけど、彼らはアジア系の人を見ると、好意も悪意もどちらもありで、とにかくそう声をかけてくる。

「チニータ！チュッロ！」

古着市場で、90円ほどで買った派手なワンピースを着て歩いていたら、通りすがりにそう声がかかった。

「可愛い中国人」という意味である。

私は、「大統領！」と掛け声を貰ったような気持ち良さで、揚々とその激安の古着を見せびらかして歩いた。

たまに、癪に触る使い方をされた時には、私は思い切り顔を歪めて、舌を出す事にした。

ジーン・シモンズくらいの勢いで、

「そちらの習慣では何の気なくても、日本人にとっては、あまり気持ちのいいものではありませんよ」

という事くらいは、示しておくべきだと思ったのだ。

［ジーン・シモンズ］

悪魔の顔に怯えてもらえる時は、しめたものだった。

だが、意外な事に、これは評判が良くて困った。

子供たちには、大ウケしてしまうのだ。

チーノ攻撃に対する弟の見解は、

「パンダを見て、『あ、パンダ！』と言うようなもんじゃないの？」

という事であるが、この人たちは、アジア人だけにこの言葉を使う訳ではない。

グアテマラ人でも、目が細い人や、一重まぶたの人や、顔の凹凸が少ない人は、大方チーノと呼ばれている。

【画像出典】

2024/7/12 グアテマラの弟⑤