2025/3/7 三流シェフ⑤ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、料理界のカリスマ・三國清三の自伝『三流シェフ』より、一部編集してお送りしています。


今夜は、その最終夜。


帝国ホテルの皿洗いから、大使公邸の料理人に抜擢された三國は、フランス料理など作った事が無いまま、ジュネーブに着いた。


しかし1週間後には、アメリカの大使を招いた正式な晩餐会が、迫っていた。


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僕、三國清三は、大使公邸の料理人でありながら、正式なフランス料理など、作った事も無ければ食べた事も無い。


そこで、アメリカの大使が贔屓にしている料理店、オーベルジュ・ドゥ・リオン・ドールに、1週間毎日通って、前菜からデザートまで、料理を完全にコピーした。


フランス料理には、無数のテクニックがある。


全て習得しようとしたら、何年もかかるだろう。


けれど、一皿の料理を作るのに必要な技術は、それほど多くない。


フルコースを構成する、個々の料理を作るための情報を、全部こと細かに教えてもらいながら、その場で僕が作ってみる。


公邸の厨房に戻って、同じ料理をまた作る。


それだけを1週間続けて、分かった事が1つある。


フランス料理だろうが何だろうが、料理は料理なのだ。


切る、火を入れる、味を付ける。


基本は、それだけだ。


その切り方、火の入れ方、味の付け方には、細かな違いがある。


食材に火を入れるのでも、カリッと焼くポワレにするのか、網焼きのグリルなのか、ロティール、つまりロースト、オーブンで焼くのか、はたまたポシェ(茹でる)のか。


技法が色々あって、それぞれを表すフランス語が細かく決まっているから、知らないうちは混乱する。


けれど、逆に覚えてしまえば、間違いが少ない。


日本にいた時、フランス料理は遠い外国の、特別な料理だった。


ここでは、ただの料理だった。


そして、ただの料理である以上、大切な事も同じだった。


まあ、そんな冷静な事を言えるのは、40年以上も経った今だからだ。


あの時は、思索に耽る暇なんて、1秒も無かった。


ただ、必死だった。


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ジュネーブに着いて1週間。


寝る間を惜しんで、アメリカの大使を招く晩餐会の準備をして、あっという間にその日の朝を迎えた。


朝から下ごしらえを始め、無我夢中で12名分の料理を作り続けた。


12人分の前菜、12人分のサラダ、12人分のスープ、12人分の・・・。


お客さん方のお口に召すかどうかなんて、もう考えていられなかった。


口に合うも何も、料理がテーブルに乗らなければ、話にならない。


1人あたりの皿数は、前菜からデザートまで6皿。


12人分だから、全部で72皿。


とにかく72皿の料理を、1人で仕上げなきゃいけない。


教わった通りの手順と、味を間違えないように。


それだけは気をつけながら、目の前の皿を次から次に、仕上げていった。


最後のデザートまで、全ての料理を何とか出し終えた。


奇跡だ。


放心状態で、戦場みたいに散らかった調理台を片付けていると、厨房の入り口に小木曽大使が姿を見せた。


何かやらかしてしまったのかと、一瞬焦ったが、大使は笑顔だった。


「ありがとう、三國君。


上出来だったよ。


皆さんも、満足してお帰りになった。


ただね、アメリカの大使が、どうしても分からないと首を傾げていた。


『あなたの料理人は、先週あなたと一緒に日本から来たんだろう?』


って言うんだ」


小木曽大使の口調は、どこか愉快そうだった。


僕が、リオン・ドールに通っていた話を、誰かから聞いたのかもしれない。


「『それなのに、どうして私の好きな料理を知っているんだろう?』


とね」


その晩のメインディッシュは、マスタードソースを添えた、うさぎ料理。



[うさぎ料理]


リオン・ドールの料理長が、内緒で教えてくれた、アメリカ大使の大好物だった。


【画像出典】