2024/7/8 グアテマラの弟① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、俳優・片桐はいりのエッセイ『グアテマラの弟』を、一部編集してお送りします。


中央アメリカの国、グアテマラの古都アンティグアで、スペイン語学校(アタバル)を営んでいる、片桐の弟とその家族。


このエッセイは、片桐はいりが十数年ぶりに彼らを訪ねる旅を、描いている。


その中から、今回は「飴と鞭」の第1夜。



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アタバルの生徒さんたちにそそのかされて、火山に登る事になってしまった。


サルサの無料レッスンがあると言えば、飛んで踊りに行き、古来の怪しい腸内洗浄術があると教えれば、すぐに試しに行かずにおかない私を面白がって、彼らはどんどん新しい課題を、ふっかけてきた。


「お姉さん。


パカヤ、パカヤ。


パカヤに登ってみてくださいよ。


溶岩流れるの、生で見たくないすか?


なぁに、初心者向けの登山コースですよ」


そんな口車にあっさり乗せられて、私は生まれて初めての山登りツアーに、一人で参加する事になってしまった。


登り始めて10分ほどで、騙された事に気がついた。


何が初心者向けだ。


恐ろしい強行軍だった。


まるで、山伏の修行である。


アンティグアから同じツアーに参加した、2組の西洋人カップルは、まるで海辺のリゾートに行くように軽装で、しかも女子は男子に荷物を持たせて、平然と急坂を駆け登っていく。


そしてたった一人、遅れを取った東洋の中年女性を、遥か彼方の休憩ポイントから、腰に手を当てて見下ろしている。


くそー、肉食人種め。


私は、荷物も水も、一人で運ぶのだ。


タンパク質が足りないのか、こちらは半分も登らないうちに、あちらこちらの筋肉がつり始めている。


私は半ば泣きながら、登っても登っても到達しない頂上を、目指した。


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何が見たくて登るのやら。


あまりのしんどさに、その目的すら忘れた頃、ようやく草木が途切れて、その異様な景観が現れた。


柵一つ無い崖の下には、目指す生マグマが地響きを立てて流れ、周りの木々をメラメラと燃やしていた。



[マグマ]


河口からドクドク、赤黒い溶岩が血のように溢れてくる。


地球の内臓を、目の当たりにしたような光景だ。


間近に眺めるだけでも、かなり得難い経験である。


だのにツアーは、どんどんその燃える川に、近づいていく。


砂地が、突如ゴツゴツの岩場に変わって、足元から熱風が吹き上がった。


まだ冷え切らない溶岩が、私の下で湯気を立てていた。


岩の裂け目からはマグマがチロチロと、オレンジ色の舌を覗かせていて、ティッシュを落とすと、一瞬のうちにフワーっと、灰になる。


10メートルほど先は、まだ溶鉱炉の中のような状態だ。


火の上を歩くなんて、それこそ山伏の修行を極めた者にしかできない、離れ業だと思っていたのに。


でも、私は今、燃えるマグマの上を歩いている。


初めてのマグマ体験に興奮する私の足元では、ガイドの犬が足を放り出して、昼寝をしていた。


「オウ、ホットドッグ!」


カップルたちが、緩い冗談で笑い合う。


その呑気な笑い声を聞きながら、私はこの絶景が、アンティグアや首都から半日ほどで往復できるツアーで、かくも簡単に手に入れられている事を、思い出した。


それにしても、今も噴火を続ける火山で、よく物見遊山を許されたものだと思う。


あの、立て看板も柵も一切無い放り出し方には、あっぱれと言うしかない。


【画像出典】