前回まで、

 

こんなに長くなるつもりは無かったのに、気付けば何故か 3回目(笑)

 

「私たちは皆、誰かの初恋だった」
2012年の韓国映画、初恋映画の金字塔といわれる「建築学概論」をお題にしております。


なお記事の性質上、完全なネタバレ進行となる事を予めご了承ください。
サスペンスやミステリではないので、許される範囲かとの勝手な判断です。

 

このお話は「現在」と「あの頃 1996年」が交差します。

 

「 1996年」

済州島(ちぇじゅど)からソウルの大学に進学したヤン・ソヨン(ペ・スジ 右)は、「建築学概論」の講義で知り合った同学年で近所に住むイ・スンミン(イ・ジェフン 左)と親しくなります。

 

前々回、 

 

「建築学概論」の課題で貞陵(ちょんぬん)の街を歩いていて見つけた空き家を、ソヨンは自分の秘密の場所と決め、掃除をしたり、片付けたり。

 

もう秋なのに花の種をまくソヨン。

何を植えたかスンミンには秘密。

 

すっかり歳を喰ってしまった今となっては、いくら奥手とはいえ、この場面前後のスンミンの煮えきらない言動に「そう少しちゃんと向き合えよ」とか言いたくなってしまいます。

 

スンミン母の営むスンデ屋からソヨンを遠ざけようとしたり、自分の気になる事を直接聞けず遠巻きにしたり。

物事はなるべくシンプルに捉えた方が、後々楽なのになあ。

 

アナウンサーになりたい、ソヨンの初放送。

「秋も終わりに近付くのに、私は花の種を植えました。

何を植えたのか友だちに聞かれましたが、秘密にしています。

やがて来る春を、ときめきながら待つのも悪くない気がして… 」

 

熱心に聴いていた筈のスンミンに、ソヨンが語った内容に気付けよと言いたくなります。

「ときめきながら春を待つ」のは秘密の空き家の、あの種以外にあり得ないのだから。

ソヨンの精一杯の告白なのになあ…

 

なのに、ドジでのろまなスンミンときたら、ソヨンと一緒に現れた、お金持ちで遊び人の江南(かんなむ)先輩ジェウク(ユ・ヨンソク)を前に、必要以上に委縮してしまいます。

 

「ソウルに慣れたら引っ越してもいい」と、父親から言われていたソヨン。

憧れの江南に自分の部屋を探します。

(それまでは父の知り合いの家に下宿)

 

江南とはいえ、見つけたのは半地下房[部屋](ぱんぢはぱん 반지하방 )

都市部では屋塔房(おくたっぱん 옥탑방 [屋根部屋] )と並ぶ最も安価な住宅カテゴリ。

そんな部屋でも、自分だけの空間が嬉しくてたまらないソヨン。

 

引っ越しを手伝ってもらった「初めてのお客さま」スンミンに、自分のアルバムを見せるソヨン。

 

どこまでも鈍感なスンミンに、これがどれだけ光栄な事かと言いたくなります。

若い女の子が自分のアルバム(過去)を見せてくれるなんて、かなり特別なのに。

 

ソヨンの新しい部屋からの帰り道

スンミンが「あのさあ、初雪の日は何してる… 」と精一杯の誘い。

 

曖昧な問いにソヨンが

「それじゃあ初雪の日に、あの空き家で逢おう。

何だか楽しそう、約束したからね」

と、指切りげんまん。

 

そして「建築学概論」最終講義の日。

 

前回、 九屯(くどぅん)に出かけた時、ソヨンが描いた「夢の家」の習作(エチュード)

 

スンミンは「夢の家」を模型にし、この日ソヨンに告白しようと決心します。

 

スンミンが完成させた「夢の家」の模型。

右にソヨンの絵が貼り付けてあります。

 

一方「建築学概論」の打ち上げに姿を見せないスンミンに、ソヨンは何かを告げようと連絡を取り続けます。

ポケベルと留守電サービス(伝言ダイヤル)が、主な連絡手段だった頃。

 

後ろで影のように様子を窺う江南先輩に、注意をしましょうね…

 

この時代の通信事情については「応答せよ 1994 」( 2013 tvN )をネタにしたこちらでも。

 

寒空の下ソヨンを待つスンミンの前に現れたのは、あろうことか

 

日頃から「オンナなんて酔わせて転がせば OK 」とかうそぶく、お金持ちで遊び人の江南先輩に迫られる酔わされた(酔った)ソヨン。

 

眼前の光景を直視出来ず、その場から逃げ出してしまうスンミン。

嗚呼、頼むからもう少しだけしっかりしろよと、前世紀の遺物は思ってしまいます。

 

日頃いい加減な事ばかり言っている、スンミンの親友「ナプトゥク (納得)」くん(チョ・ジョンソク)の主張が、今回だけは全面的に正しい。

江南先輩は、ただの犯罪者に過ぎません。

 

この場面、本当は江南先輩を非難しているのではありませんが…

ついでに書いておくと、この後、江南先輩の影がすっかり消えています。

彼はスンミンの先輩なので、関係を断つのは本来難しい筈。

(タテ社会の韓国では在学中であれ、社会人となってであれ)

 

物語には出てきませんが、江南先輩はおそらく 1997-98年に起きた IMF 危機(アジア通貨危機)の影響を受け、沈んだ典型例と推察されます。

(奢れる者久しからず… )

翌日、ごみ集積所に打ち捨てられた「夢の家」にソヨンが気付きます。

昨日、ここにスンミンがいた事が分かりますが、何時かまでは分かりません。

 

連絡が取れなくなったスンミンを、ソヨンがようやく捕まえると…

 

スンミンは、九屯でいつか「夢の家」を建てる時の契約金として渡された CD 「展覧会(チョンラムフェ)」の「記憶の習作」を、ソヨンに返します。

表向きの理由は「家に CD プレーヤが無いから聴けないんだ」

 

更に「もう連絡しないでほしい、僕の前から消えてくれないか」と冷たい言葉。

 

初雪の日。

ソヨンはかつての約束通り、ふたりの秘密の場所、貞陵の空き家を訪れます。

精一杯のメイクをして、お洒落もして。

 

かなり待ったけれど、スンミンはやってきませんでした。

ソヨンは自分の CD プレーヤと「記憶の習作」を残し、秘密の空き家を去ります。

この場面、ふと、中島みゆきの「化粧」( 1978年 「愛してると云ってくれ」収録)を連想してしまいます。

 

化粧なんてどうでもいいと

思ってきたけれど

せめて今夜だけでも

きれいになりたい

今夜あたしは

あんたに逢いにゆくから

最後の最後に 

逢いにゆくから

 

(中略)

 

流れるな涙 心でとまれ

流れるな涙 バスが出るまで

 

バカだね バカだね バカだね あたし…

 

こうして 1996年のささやかな恋物語が幕を閉じます。

 

「現在」

建築士となったイ・スンミン(オム・テウン 左)を 15年ぶりに訪ね、

「済州島に家を建ててほしい」と依頼したヤン・ソヨン(ハン・ガイン 右)

 

古い友だちは気安い一面もあるようです。

「初雪の日に会おうと言った」

「いや、言わない」

他愛のない水掛け論。

 

スンミンは「そんな幼稚な事は言わない」

それに対しソヨンが「くやしいなあ、録音でもしておけば良かった」

 

事の真相はスンミンの「初雪の日は何してる… 」という曖昧な問いに、ソヨンが「その日に会おうよ、約束」と返したのだから、どっちもどっち。

 

このやり取り、互いに避けるべき部分が分かっていて、趣きが絶妙です。
話が「初雪の日に会う約束」に終始し、「あの初雪の日、行ったのか」に触れません。
もし、そう問われたら、どちらも「行かなかった」と強く否定するでしょうが、強い否定は却って疑いを深めます。

 

もうひとつ。

ソヨンが「ちょっと気になる事があるの。

『シャンニョン』 * って、もしかして私?

あなたの『初恋・シャンニョン』の事よ。」

これを受け、スンミンが大慌てで否定します。

*;「シャンニョン ( 썅년 )」
字幕では「クソ女」「悪い女」と訳されますが、もっと悪い意味を持つ。
辞書的には「俗物的な欲望に従い、異性の献身を平然と裏切る人物」

訳語としては「 BAITA 」や「 ABAZURE 」が近い。

 

ソヨンの出現を警戒する、スンミンの婚約者が「彼の初恋は『シャンニョン』だった。

なので何も語らない」と伝えています。

 

更にソヨンが

「そうね、私じゃ無いわよね。

でも何だか私みたいな気がするの、不思議」

と畳みかけます。

 

うかつに「初恋」を認めると「シャンニョン」を肯定する事になり、否定すべき「シャンニョン」により「初恋」も同時に否定されるという、巧妙な仕掛け。

この位置に留まれば、何故「シャンニョン」なのか、つまり『「建築学概論」最後講義の、あの日』に触れずにすみます。

 

「家を建てる」事をきっかけに自分の人生をやり直すと決心したソヨンは、工事にも積極的に関わろうとします。

 

その姿に「(気になって)自分の方がケガをしそうだ」とぼやくスンミンですが、まんざらでもない様子。

 

ソヨンが完成の近付く家を見て回っていると…

 

疲れて眠ってしまったスンミンを見つけ、そっと寄り添います。

 

前回、 15年前、九屯駅に出かけた帰り道、疲れて眠ってしまったソヨンと対になっています。

 

こうした理屈っぽい描写は、この映画の特徴でもありますが、生硬さや、あそびの無さと感じる向きもあるようです。

まあ、こうした真面目さ、個人的には嫌いではありません。

 

とうとう完成した「ソヨンの家」

スンミンが、海に面したパノラマウインドウを開きます。

 

完成間近のソヨンの場面( 3枚上の画像)と、こちらも対。

何と実直な描写。

 

更に、ふたりで苗木を植えます。

 

15年前、秘密の空き家で種をまいたけれど、芽吹くのを見る事は叶わなかった。

 

新たな繰り返し、今度は成長を見守る事が出来るだろうか。

うーん、なんて律儀なんだ。

 

ソヨンの家を去ろうとして、スンミンが見つけてしまったのは…

15年前に渡せなかった、ソヨンの「夢の家」

 

15年前、言い出せずに消えてしまったふたりの「初恋」を、「夢の家」が密かに記憶し続けていたのでした。

 

けれども 15年の月日、現実ってやつは、そんなに甘いものではありません。

スンミンは、当初の予定よりも遅れたけれど、結婚式を挙げ渡米。

 

ソヨンは父親と一緒に、新しい家で暮らし始めます。

そんなある日、小さな小包が届きます。

差出人はスンミン。

 

箱を開くと…

15年前、貞陵の秘密の空き家に残した CD プレーヤと「記憶の習作」

もうひとつの「初恋」の記憶。

この一連の流れが、上手いなあと感じました。

韓国ドラマや映画では、封が既に開いている、長年隠されていたスマホの電源がすぐに入るなど、妙な省略をして、観る側が却って引っかかってしまう事があります。

 

スンミンは CD プレーヤを送る前に電池を入れ替え、動作確認をした筈。

(しかも、乾電池用外部電源が付いている芸の細かさ。

ただ、もう少しきちんと梱包してあれば良かったのに… )

 

なのですんなり次の場面へと進めます。↓

海を望むパノラマウィンドウにひとり座り、ソヨンは「記憶の習作」を聴くのでした。

 

キム・ドンリュルとソ・ドンウクのデュオ「展覧会(チョンラムフェ)」が歌う

「記憶の習作」( 1994 )
( 전람회 [ 기억의 습작 ]  1994 )

 

この曲が映画の中で流れるのは確か 2回だけ。

どちらの場面も、とても印象に残ります。

 

有名曲を意味取るのは、強烈に恥ずかしい(笑)
なので文字が微妙に小さく… 超絶意訳なので、あまりあてにしないでくださいね(^^ゞ

もう 耐えられないのと 哀しく笑い 僕の肩にもたれ
(きみは)瞳を閉じるけれど

今なら 言えるよ きみの哀しい瞳が 僕の心を

辛くさせるんだ

僕に話してくれないか

* (もし)きみの心に 入る事が出来たなら
幼過ぎた 僕の姿には どんな意味があったのだろう

長い年月が過ぎ 僕の心が疲れはてた時
僕の心の中には 薄れかけてゆく きみの記憶が
また よみがえる

思い出すだろうか 大きくなり過ぎてしまった未来
そんな夢の中では 忘れかけていた きみの記憶を
思い出せるだろうか *
 
* - * Rf.
 
長い年月が過ぎ…

 

うーん、まとめみたいなものを書くつもりだったのだけれど、ここまでにしたいと思います。

 

だらだらと長いだけの文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。