癖になっちゃたタイ軍事クーデターの原点 | CCAタイマッサージスクールのあそこ

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今日(12月10日)は、憲法記念日です。

 

日本では5月3日にあたります。

日本国民は1947年に施工されたGHQ(占領軍)が1週間で作ったといわれる憲法を、今も大事に守っております。

なんと従順な日本国民。

国民生活にそれほど影響ないので「まあいいか」というところでしょうか。

 

タイでは1937年、フランスで官僚プリディのや軍人ピブンなどの留学生グループがパリで、民主党を設立。

絶対君主制から立憲君主制に移行するクーデター(立憲革命)を起こしました。

これで王様は脇に追いやられ影響力は弱体化します。

この憲法が発布された日です。

 

戦後、軍事クーデターが起こり、ピブン政権を倒しました。

プリディは中国、ピブンは日本に亡命し亡くなっています。

軍事クーデターを起こしたサリット元帥は、王様を地方各地に幸行させ、王様の影響力を強化する政策をとりました。

あのタイ国民に人気のあったプミポン国王ですね。

あまり国王の人気がでちゃったので、翌年はその幸行の予算を減らしたとも。

 

これが、その後も10回以上起こり、癖になってしまったタイの軍事クーデターの原点です。

クーデターは、王様のお膝元で、軍が起こり、王様の事後承認を受けてチャンチャンとなります。

ほとんどが血を流さない平穏なクーデターです。

国民も生活にそれほど影響ないので「まあいいか」となるわけですなぁ。