不動前で簿記の個別指導塾を経営しておりますわらびゼミナールです。

 

昨日はお盆でしたので祖先のお墓参りに行ってきました。

 

皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

 

うちのお墓は埼玉県の岩槻に近いところにあるのですが、

 

ハッキリ言って不便な場所にあるので

 

お墓を東京に移す予定です。

 

 

今日は、「8月15日を終戦の日にした理由」についてお話します。

 

今日、8月15日は終戦の日です。

 

 

きょう、令和初の終戦の日 陛下の「おことば」に注目

 

なぜ、終戦の日を「8月15日」にしたか?

 

それは「玉音放送」が流れた日が「8月15日」だからです。

 

 堪え難きを堪え、忍び難きを忍び 

 

というフレーズで有名ですね。

 

「玉音放送」口語訳つき

 

あの有名なフレーズは玉音放送の最後の方に出てきます。

 

玉音放送の声の主は昭和天皇です。

 

ちなみに玉音放送を要約すると以下の通りです。

 

要約①

(侵略戦争の否定と天皇自らの戦争責任の回避)

 

「世界の国々と共に栄えるようにしていくことは、

 

歴代天皇が残してきた手本であり、私もそのように念じてきた。

 

先に米英2国に宣戦布告した理由も、

 

実にわが国の自存とアジアの安定とを願ったためで、

 

他国の主権を排し、領土を侵すようなことは、

 

もとより私の意志ではない」

 

 

要約②

(ポツダム宣言受諾の釈明・正当化(原爆投下、民族滅亡、歴代天皇の霊))


「敵は新たに残虐な爆弾を投下し、罪のない人々を殺傷し、

 

その悲惨な被害の及ぶところは計り知れない。

 

それでもなお、交戦を継続すれば、

 

ついにはわが民族の滅亡を招く・・・

 

そのようなことになれば、私はどうして、

 

多くのわが子とも言える国民を保護し、

 

歴代天皇の霊に謝ることができようか。

 

これが、私が政府に共同宣言(ポツダム宣言)に

 

応じるようにさせた理由である」

 

 

要約③

(戦後の国体=天皇制維持と国民の天皇(制)批判の抑制)


「私はここに国体を護持し得て、

 

忠義で善良な国民の真心を信じ、常に国民と共にある。

 

もし、感情の激するままに争い事をしたり、

 

同胞同士が互いに相手をけなし陥れたり・・・

 

それは、私が最も戒めることだ」

 

 

つまり、「平和の決意」ではなく、

 

自らの責任回避と天皇制継続が

 

「玉音放送」の中身です。

 

昭和天皇は7月27日、ポツダム宣言発表と同時に

 

先の大戦を終戦とすべきだった。

 

ところが昭和天皇は、

 

「もう一度戦果を挙げてからでないと中々話は難しい」

 

などとしていずれも拒否し、終戦を引き延ばしたのです。

 

天皇とその側近の念頭にあったのは、

 

常に戦争責任の回避と、国体=天皇制の維持でした。

 

終戦を宣言していれば、

 

その後の沖縄戦も本土各地の空襲も、広島・長崎の原爆投下も

 

なかった。

 

このような背景から天皇陛下反対が後を絶たないのです。

 

 

以上が「8月15日を終戦の日にした理由」でした。

 

 

私は天皇制は賛成派です。

 

天皇がいることで戦後復興の架け橋になっており、

 

わずか70年でここまで日本が大きくなったのも

 

天皇陛下のおかげであると私は思っています。

 

逆に天皇陛下がいなければ

 

日本の国力は今の北朝鮮並みまで下がっているでしょう。

 

 

今日はボンジョヴィで「Livin’ On A Prayer」です。

 

 

1986年のナンバーです。

 

当時のアメリカはレーガン大統領でしたが、失業率が高かった。

 

この曲にはそんな時代の空気が反映されています。

 

今聞いても素晴らしい歌詞ですね。

 

We've got to hold on ready or not
You live for the fight when that's all that you've got

私たちは覚悟があろうがなかろうが
今あるものにしがみつくしかない
戦いしかないのなら
その戦いのために生きるしかない。

 

二人で頑張ろうということです。

 

日本人に足りない素晴らしい精神です。

 

 

今日はここまで。

 

今日も素敵な一日を!