旧友たちのその後①

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昨年末に旧友に関連して2つのことがあり、色々と思うところがありました。

 

一つ目。

 

年賀状を作成している際に、喪中の葉書がいくつか届いていたのですが

差出人が、ぱっと見知らない人からでした。

 

誰だろうと思いながら、文面を読んでいたら、

どうやら旧友その人が亡くなっていました。

 

昨年の年賀状にも、会いたいね〜なんてやりとりをしていたので、

とても驚いたとともにいろんな感情が出てきました。

 

何があったんだ?!とか

 

若いのに・・・とか

 

自分もそういう歳になったのか・・・とか。(少し不謹慎)

 

学生時代の彼との思い出に浸ったり・・・とか

 

 

 

自分もそういう歳になったのかとかいいつつ

自分も大病をして、死を間近に感じたことがあるので、今更感もあるけれども

やっぱり、線の向こう側に逝ってしまった友人・同年代がいるというのは、なんとも言えない気分です。

 

また、彼と過ごした時間も思い出されました。

 

大親友だったわけでもないけれども

席がとなりで、勉強を教えてもらったり、サッカーやったり、一緒に飯食ったり。

そんなことしていたな〜。

会いたいね〜なんて言っていたけど、それはもう叶わぬ話になってしまったのか。

なんて思ったり。

 

卒業以降彼とは一度も会っていませんでした。

しかし、きっと彼ならこんな風にしているだろう、

数十年のお互いの苦労もしらずに、会った瞬間昔に戻れたのだろうなんて勝手に想像していました。

 

だから、彼がもういないということが正直信じられない気持ちもあります。

 

いつか、会いたいねは、こうして果たされぬままとなるのだろう。

だから、今、本当にそれがしたいのであれば、しないと一生後悔することになる。

 

時間が無限にあるような気がしているけれども、

その果たされなかった1回が実は最後の一回かもしれない。

 

そう思うと1度きりのチャンスを大切にしないといけないなと。

 

後から見れば、最後の一回だったとわかるけど、

今という時点からはそれはわからない。

 

だから、一つひとつを丁寧に、大切にしたい。

 

 

 

それからもう一つ感じたこと。

 

彼は亡くなってこの世にいないのだけど、

こうして私は、彼のことを偲び、彼のことを考えている。

そういう自分がいる。

 

彼は、亡くなった後、自分のことを考えてくれる人がいることはもちろん知らないし

想像すらしなかったかもしれないけれど、こうした繋がりが現にある。

 

自分がグズグズ、ウジウジとしていたころ、

「なんて自分はつながりがないんだ」「孤独だ」とひたすらに感じていたけど

 

生きていると言うだけで、実はいろんなところに、自分の預かり知らぬところで

繋がりは確かに存在していたんだなと。

はっきりとわかる形ではないけれども。

 

また、今日一日生きることで、繋がりが増えていく。

 

彼からの手紙は、そんなことを伝えてくれました。

 

 

 


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