ブルグミュラーの大雷雨でコンクールに出ようと思っています。
娘じゃなくて私が。
ピアノ業界では恥ずかしい話になるかもしれませんが、謙虚に挑みたいと思います。
こうなった経緯
①娘がピアノ教室1に通い始める(年中8月)※老舗厳し目先生
②3ヶ月で辞める
③娘がピアノ教室2に通い始める(年長4月)※新興教育学部系先生←つまり、先生の児童心理的な理解のある指導に惚れました
④発表会で連弾を勧められるが、私もソロで弾いていいということになる
⑤それを機に私もレッスンを受ける
⑥メンデルスゾーン 無言歌 ヴェネツィアの舟歌 を発表会で弾く
⑦1曲と向き合った経験が初めてで、このまま次の目標を作って練習を続けたいと思う
⑧娘と毎週レッスンに通う
⑨参加可能なコンクールを提案して頂き、ブルグミュラーコンクールを選ぶ
⑩もちろん娘にも発表会以上の世界を知ってほしいので私が参加する姿を見て自分も参加したいとか言ってほしいという打算的な思いもあるが、娘はコンクールを見学しに行って「絶対嫌だ(恥ずかしい、待つのが嫌だ)」という思いがあるので、まあいつか…あるいは別に出なくても…と思ってる
大雷雨について私が知ったことをまとめたい。
大雷雨は、悪天候で雷が鳴る天気のうつり変わりを感じさせる曲で、最後は雲間から光が射して草について雨水がキラキラしてるような音楽で終わる。
作曲者ブルグミュラーは1806年ドイツの音楽一家生まれ。1874年没。
パリへ移住、時代はロマン派。
時代は1789年フランス革命後、ナポレオンの時代。
ブルジョワが力を持ち、家庭教育市場(?)が大きくなり、ピアノが爆発的に普及した。
大人はサロン文化。
ピアノ小品や、教育的ピアノ曲の需要があったと言えば、とても納得する。
当時のピアノは今ほど大音量ではなく、音が軽い、響きが短かったらしい。
ブルグミュラーは25の練習曲を1830年代に作り、
18の練習曲は1850年代に作った。
この頃活躍していたのは、ショパン晩年、リスト、シューマン、ワーグナー台頭。
そして蒸気機関、都市化の時代。
ツェルニーが作った練習曲が古典派のテクニックだとすると、ブルグミュラーの作った練習曲はロマン派の入り口。
大雷雨の分析は、ブルグミュラーコンクールを行なっている出版社としての公式見解がある。(楽譜を買えばアクセスできる。)
要素は大きく4つあるようで、
形式 三部形式 A-B-A-Coda(イタリア語:しっぽ、締めくくり)
調性 d mollとF durが出てくる
和声学、カデンツ TSD T:主和音、落ち着く S:サブドミナント、広がる D:ドミナント、不安定でTに戻りたがる カデンツは和声の流れで、典型的にはTSDT。お辞儀などのあの音楽はTDT。ショパンやワーグナーなどのザ・ロマン派は、最後のTになかなか戻らなかったり曖昧にすることで独特の陶酔感を出す。
終止 全終止:最も強い終わり。D→T。 偽終止:期待を裏切る終止。 半終止:終わらず、ドミナントで止まる。続きそう、緊張。 変終止:アーメン終止、変格終止。S→Tなど(普通D)。柔かい、祈りっぽい。
ディミヌエンド〜
