ピョコ!
緑色の髪が、陳列棚の向こうに一瞬だけ現れては、消える。
ピョコ、ピョコ、ピョコ。
その緑が棚を右から左へ進みながら、何度も現れては消える。シェル・レラン内に店を構える食べ物屋の女主人アリサは、その様子をクスクスと笑いながら眺める。
そんな様子が数分続いてから、アリサは声をかけた。
「ライチ君、ライチ君。何を捜しているのかな?」
「あ、アリサさん。こんにちは!」
ライチは元気良く挨拶をしてから、陳列棚をトトトッと回り込んで、カウンターの前まで来る。
「あのね、醤油ってここに置いてないですか?」
「お醤油? お醤油なんて何に使うの?」
アリサがそう聞くと、ライチは胸を張りながら答える。
「昨日ね、イプスバスを沢山釣ってね、白身魚の切り身を沢山手に入れたんだよ。そしたらね、シレーナさまがお刺身にして食べましょうって言ってね、レシピを教えてくれたんだよ!」
「へー。成る程ね、それでお醤油を捜しているのね。でもごめんなさい、今切らしちゃってるのよね。お醤油って貴重品だから、全然入荷出来ないのよ。あ・・・でもねでもね!」
ライチの表情を見て、アリサは慌てて言葉を付け足す。
「ここには無いけど、売ってるところは知ってるわよ。」
「本当ですか?」
一瞬にして、ライチの表情が晴れやかになる。
「ええ、勿論よ。ちょっと待ってね・・・今、地図書いてあげるわ。」
そう言うと、アリサは紙とペンを取りだし、サラサラと地図を書いた。
「はい、ライチ君。ここら辺はダーイン山の麓なんだけど、この辺りに白いテントがあるのよ。そこでお醤油を売ってるわ。」
「はい、分かりました! ありがとねアリサさん、行って来ます~!」
ライチはブンブンと手を振ると、店を飛び出していった。
「(ふふふっ・・・ライチ君はいい男とはちょっと違うけど、可愛くていいわね~。)」
まだ少しだけ揺れている扉を見ながら、アリサは少しにやついていた。
西門を抜け、ミーリム海岸の草原を東から西へ、トコトコと走り抜ける。
「えっと・・・こっちかな。」
アリサから貰った地図を片手に、ライチは一路ダーイン山の麓へ向かう。
陽はまだ高く、陽光は容赦なくライチを照らす。だがそんなものに気をかける様子もなく。
崖を飛び降り、森を抜け。
小高い丘を駆け上がったところで、ついにライチは白いテントを見つけた。
「あ、あった!!」
丘をトトトッと駆け下り、テントへ近づく。そして、程なく辿り着いたが・・・。
三張りあるテントは全てビリビリに破れ、黒ずみ、人が居る印象を受けさせない。テント前に焚き火跡があるが、その炭はもう何年も前に燃え尽きたように見える。
「(ここ? ・・・それにしては荒れてるな~。)」
ライチがテント前をウロウロしていると、テント裏からいきなり声が聞こえてきた。
「うりゃああああああああ!!!!!」
「ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
テント裏へ回り込むと、そこでは激しい戦いが繰り広げられていた。
全身にチェイン系の装備を着込み、片手剣と盾を装備した戦士風のニューターが、戦斧を両手に構えたオーク歩兵と刃を交えている。
カァン! キィン!
2、3度、お互いの刃から火花が飛び散ったと思ったら、刃と刃を重ね力比べの押し合いになる。
だが、どちらともなく後ろに飛び退き、間合いを取って対峙する。
「あの、すいません。」
・・・ライチは、その場の空気を全く読まずに、1人と1匹に近づいて声をかけた。
「あん? 何だよ、今忙しいんだ、見て分からねえか?」
「ブウ! ブウブウブウ!! (訳:そうだ、邪魔だよこのチビ!)」
当然の如く、1人と1匹から怒鳴られる。しかし、全く怯む様子はなく・・・というより、全く気にせず。
「あの、ここにお店があるって聞いたんですけど、知ってますか?」
質問を始めた。
1人と1匹は「え?」といった表情を浮かべ、1人の方が聞き返す。
「ここの店ってお前、夜間キャンプの事か?」
「夜間キャンプ?」
語尾を上げながら、首を傾げるライチ。
その様子を見た戦士とオーク歩兵は顔を見合わせると。
ニヤリと、その表情を変え、同時にライチの方を向いた。
「そうか、夜間キャンプを知らないのか~」
「ブヒブヒ、ブブブウ~(そりゃモグリか、素人だぜ。)」
「まあまあ、どうやらチビ君はこの島に来たばっかのようだし、知らなくても仕方ないって。」
「ブウブウ、ブヒヒヒ(そうだな旦那。まあ折角だし、この新人さんに教えてやりなよ。)」
「へへへへ、そうだな。チビ君は、ここの店に買い物に来たんだよな。」
「え、あ、はい。ここに醤油が売ってるって聞いたので・・・。」
「ブヒブウ、ブブブウ、ブヒブヒブウ(そうかいそうかい。ならばここで合ってるよ、チビ君。けどここの店が開くのは夜なんだ。)」
「夜?」
「ああ、そうなんだ。そだな・・・夜の、8時半にここへ来な。面白い物がみれるぜ、なあ。ハハハハ!」
「ブーブブブゥ(そうだな、ハハハハ!)」
戦士とオーク歩兵は再び顔を見合わせると、ニヤニヤと笑い合った。
一方のライチは、そんな様子を気にすることなく。
「夜8時半ですね。ありがとうございましたー。」
と元気良く挨拶してから、「時間あるから釣りしてこよー。」と言いながら海の方へ走っていった。
そして、夜8時半。
言われた通り、ライチはテントの前まで来た。しかし・・・。
そこにあるのは、昼間と変わらず、朽ちたテントと火のつかない炭の固まり。
「あれ? まだ誰もいないな。」
暫くウロウロと、テントの周辺を徘徊するが、誰もいない、オークも居ない。ただ風が吹き、落ち葉が舞うだけ。
「まあいいや、ちょっと待ってみよー。」
ライチはテントの骨組みになっている丸太に背を付け、地面に座り込むと。
「ふわぁー、ねむねむ・・・。」
大きな欠伸を一つして、そのまま瞼を閉じてしまった。
・・・・・・そして。
生暖かい感触が、ライチの頬を撫でる。
「うにゃっ!!」
ライチは驚いて飛び起きる。すると・・・目の前に、信じられない光景が広がっていた。
ボロボロになっていた筈のテントが、新品のように綺麗に直っている。
あの何年も前に燃え尽きたような炭に、赤々と炎が宿っている。
そして、その炎の前に、人影が2人、見えた。1人は背の高い女性、1人は背の低いドワーフのように見えた。
ライチはその人影へ近づき「すいません、ここって・・・。」と声をかける。それに気付いた女性が、ライチの方を向いた。
その顔を見てライチは驚き、そして尻餅をついた。
「あ・・・あ・・・。」
そしてガクガクと震えながら、後ずさりをする。
女性の顔は青白く、透き通るかのように青白く、実際透き通っていて、その額からは血がドクドクと流れ落ちていた。
「貴方・・・盗賊・・・イムサマス・・・違う・・・?」
ブツブツと呟きながら、ライチに迫ってくる。
「う・・・うわぁ!」
ライチは飛び起きると、女性に背を向けて駆けだした。しかし、その直ぐ先には、ドワーフが。
「わあ! こっちも!!」
そのドワーフもまた透き通っていて、身体から血を流し「鉱石を・・・道具を・・・。」と呟きながら、ライチに迫ってきた。
ライチは反射的に横へ飛び、そのまま目の前のテントへ駆け込んだ。
しかし、そこにも。
女性の幽霊が一体、佇んでいた。そして、ライチに話しかけてくる。
「あら・・・お客さん・・・何か・・・欲しいの?」
ライチは再び尻餅をつくと、「あの、醤油を、醤油を・・・。」と呟きながら、ゆっくりと下がっていく。
しかし、その後ろには、2人の幽霊が迫っていた。
振り返ったライチはそれに気づき、前を向くがそこにも幽霊が居て・・・。
「・・・きゅう~。」
ついに、気絶してしまった。
「あらあら、気絶しちゃったわ。ちょっとからかい過ぎたかしら。」
破れたテントの隙間から陽光が射し込み、ライチの鼻をくすぐる。
その暖かみでライチは、ゆっくり目を覚ました。半身を起こすと、半分閉じ、半分開いた眼で、周りを見る。
「・・・あれ? ここは・・・どこだ?」
寝ぼけながら昨日の記憶を辿り・・・そして、思い出した。
「!! そうだ! 昨日ここで幽霊を見て・・・って・・・あれ?」
テントは全てビリビリに破れ、黒ずみ、人が居る印象を受けさせない。テント前に焚き火跡があるが、その炭はもう何年も前に燃え尽きたように見える。
「もしかして夜のあれって・・・夢? ・・・なーんだ、夢だったのか。」
ライチはほっと胸をなで下ろし、一旦ビスクへ帰ろうと、鞄を手に取った。
ズシッ
昨日と明らかに違う感触。
鞄を開けてみると、そこには。
瓶に詰められた醤油が20本、入っていた。
「え? 何で? そう言えば夜、あの幽霊に醤油って言った気が・・・・・・もしかして昨日のあれは、本当?」
ライチの顔からサァーッっと、血が引いた。
そして。
「しーれーいーなーさーまーー!! たーすーけーてー!!」
ライチは、泣きながらミーリム海岸を西から東へ駆けるのであった。
(第6章 完)