総勢50名は居るだろうか。ライチの周りはコック帽の集団で埋め尽くされていた。
その先頭はギルドガイドのグロボ。
グロボはそのいかつい顔をずずっとライチに近づけ、そのいかつい瞳を潤ませながら語る。
「いい、ライチ君~、マスターの名前を呼ぶ時は~、ちゃんと「様」とか「さん」とかって、敬称をつけなきゃだめだぞぉ~。」
「ええ~、でも・・・。」
「お願いだから~、お願いだから守ってよぉ~。」
ライチの顔との距離を更に近づけて、瞳のうるうる度を更に増しながら、懇願する。コック帽の集団も同じように瞳を潤ませながら、ライチに詰め寄る。
「わ・・・わかりました! ちゃんと呼びます、はい、守ります!」
流石のライチもその迫力に押されて、首をブンブンと縦に振るしかなかった。
「本当? 本当だね~。じゃあ、シレーナ様がお呼びだったから~、すぐに行くんだぞぉ~。」
「はーい。」
ライチは元気良く返事をして、シレーナの部屋へ向かった。
「あら、来ましたわね。」
シレーナはいつもの笑顔でライチを迎える・・・が、やはり先日の一言が脳裏に浮かび、文字に書けないような毒が吐かれる。
そんな事など露知らず、ライチも笑顔で答える。
「はーい、来ました。用事って何ですか?」
ちなみに、ライチの一字一句を、固唾を飲んで見守る者達が居た。勿論、グロボを初めとする、総勢50名のシェル・レランのシェフ達である。
窓からドアの隙間から壁の穴から天井裏から、祈るような目線で二人を見ている。
「用事はね・・・ライチ君の修行の事ですわよ。ウチに来た新人さんには、まずはここのコック達の賄い料理を作って貰う事になってるのよ。」
「は~い! それで何を作れば良いんですか?」
「ふふっ、元気がいいわね。ライチ君には、ローストスネークミートを作って貰いたいのよ。」
「ローストスネークミートって、昨日食べたあの美味しい焼き肉ですよね!」
「あらあら、よく分かったわね。その通りですわよ。この町の東門から出ましてすぐの草むらに蛇が居ますので、捕まえまして捌きまして、焼かれてから持っていらしてね。少ないけどお給料もあげますわよ。」
「はーい、分かりました。それじゃ・・・えっと、シレーナさま、行って来ます~。」
この瞬間。
シェル・レランのシェフ全てが、いや世界が救われたと言っても過言ではないだろう。
ビスク東を駆け抜け、東門をくぐる。そこには草むらが広がっており、目を凝らすと確かに小さな蛇を何匹も見つける事が出来た。
「えっと・・・どうやって捕まえようかな・・・そうだ!」
ライチはモラズスタッフを取り出す。そして、一匹の蛇に狙いを定めて、駆けだした。
「えい!」
気合いの声と共に、モラズスタッフを振り下ろす。しかし・・・。
ガン!
狙いを外れ、地面を叩く。
「あ・・・あれ?」
ガンガンガンガン!!
・・・・・・死闘、数十分後。ようやく、一匹の蛇を捕らえる事に成功した。
「はあっ、はあっ・・・やっと一匹・・・。」
勿論これだけではシェル・レランのシェフ全員分を賄う事などできない。ライチはモラズスタッフを握ると、二匹目に向かって駆けだした。
初めはなかなか上手くいかなくても、慣れてくれば段々と上達する。それがやり始めなら目覚ましく。
特にライチは物覚えが良かったようで。二匹目は一匹目より簡単に、三匹目は二匹目より簡単に・・・と、どんどんとそのスキルを上げていった。
そして、気がつくと目に付く蛇はあらかた取り尽くしていた。
「えっと・・・もう居ないな・・・・・・。」
袋にはかなりの蛇が入っているが、まだ全員分には届かないだろう。ライチはその草むらを離れ、ウロウロと歩き出した。
数分後。
「あ・・・いたいた!」
東門前の高台に、うねうねと蠢く生き物を見つけた。ライチはモラズスタッフを握ると、トトトッとそこまで駆けていき、そして。
「・・・!!」
驚きのあまり、立ち止まった。
体長三メートルはあろうかという大蛇が、その巨体をくねらせながら、ゆっくりとライチの方を向いた。
「うわ・・・うわ・・・こんなに大きいと・・・。」
ライチはごくりと、唾を飲み込み。
「焼き肉沢山出来る!!」
そう叫びながら、大蛇へ迫っていった。
そして、ライチがモラズスタッフを振りかぶり、大蛇の頭を目がけて思いっきり振り下ろした・・・その瞬間。
バキッ!!
鈍い音がライチの手元から響いた。
「・・・え?」
手の中のモラズスタッフを見ると・・・真ん中当たりからポッキリと、見事に折れている。
「うわ・・・わわわわ、壊れちゃった!」
大蛇は殴られた頭をスリスリと尻尾でさすりながら、憎々しい目線をライチに向けている。
ライチはそれに気づき・・・一目散に、逃げ出した。
草むらを突っ切り街の中へ逃げ込もうとした・・・が。大蛇の方が素早かった。
ドン!
大蛇の頭突きを受け、バランスを崩して転んでしまう。その拍子に、背負っていた袋からアイテムがバラバラと転がってしまう。
「あ・・し、しまった!」
振り返ると、そこには鎌首をもたげた大蛇が、口からヨダレを垂らしながら、今まさに獲物に噛みつこうとゆっくりと距離を詰めていた。
「ど・・・どうしようどうしようどうしよう!!」
尻をついたまま、一歩、二歩と後ずさる・・・その時。
手に何か堅い物が当たった。
思わず振り返り、それを見た。それは・・・。
長老イーノスが餞別にくれた袋の中に入っていた、つるはしだった。
「(・・・そうだ、これなら!)」
ライチはつるはしを握ると、飛びかかってきた蛇をそれで受け止める。そして、素早く二歩下がって立ち上がると、大蛇との死闘を開始した。
「・・・それから、ドン! バン! えい、やー! って戦って、頑張って倒したのがこの焼き肉なんですよ!」
夜。一日の仕事を終えたシェル・レランのシェフ達の前で、ライチは身振り手振りを交えながら激闘を語る。
シェフ達は思い思いのアルコールを片手に、ライチの焼いたローストスネークミートをつまみに、皆笑いながらその武勇伝に聞き入る。
シレーナもどぶろぐ片手に、笑いながら聞いている。
その日はいつにも増して、にぎやかな夕食となったのであった。
(第4章 完)