今頃QちゃんとDちゃんとムナGEーさん | A skater's soul ~髙橋大輔応援ブログ~

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フィギュアスケーターを愛してます。
中でも、別格なのは ”高橋大輔”

2014年、私にも人生の転換期が訪れそうです。


心身ともに疲れてソファで眠ってしまったり、そしてその後は悪夢で眠れなかったり・・

何をしても思うようにいかなかった2013年からここまで、

そして何かに操られるかのように動く、今現在のこの事態


勝手に誰かに重ねてしまって、勝手に「この2014年をより良く生きよっ、一緒にっ」と

思っているのでありましたヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ



あ、募金、しますよ。たくさんじゃないけどね。



全くもって今頃だけど、

QちゃんとDちゃんの対談、

「Qちゃんってやっぱりいい人だな~~」っていうのと

「Dちゃん、やっぱり生気抜けっちゃってる~声ちいせ~」

と思って見ました。


それにしても、遅いよね、映像流すの。

これは五輪期間中に撮ってる訳だから、放送までに半月くらい時間が経ってる。

だから、今の大ちゃんの心境と変わらず同じかなんて、わかりません。


人って人ごみにいるほど孤独な時ってありますんで・・。

クリスマスの雑踏の中にひとりぼっちでいる寂しさ、とか。


他競技で熱く闘っている人を

祭典の会場の真っただ中で見ている、抜け殻の自分。


ラスト五輪の残り香を楽しめる心境か、そうでないか・・・

で、結構違うんだろうな~と思いましたよ、あのインタに対する答えは。







ほんとに正直すぎて、心配になりますよ。

 (こういうこと言うと、「やる気のないヤツ出したのが間違ってた」とか

  意地悪が聞こえてくることもあるからさ・・・(^_^;) )


ガツガツ頑張ってた時期だって絶対あるし、痛みをこらえてなにくそ、って思って練習してたはず。

でも、結果に結び付けられなかったことを

自分の心根に帰結しちゃう、真面目なやつです。


それでも「身近で応援してくれるコーチだったり、ファンだったりの想い」が

モチベーションだった、というのは

ほんとに嬉しかったです。

基本好きなように生きて欲しいけど、日の丸背負ったり、男子フィギュアの牽引者として

責任背負ってる時は、どうにかやる気も自分で絞り出していかなきゃいけないだろうし。


重荷にならない程度に、あたしたちの声なんて

都合よく受け止めてくれればそれでいいっす。



以前の「ロスト×ワールド」

途中までは良かったのに、ラストで番組壊しちゃってもったいなかったね。


あれはね、髙橋との距離の近さが甘えになっちゃっててね

せっかくこれまで信頼築いて、映像撮ってきただろうに

仕上げでコケた。


テレビ屋でも豆腐屋でも不動産屋でも、もの作る時の姿勢はおんなじだと思ってますから。

手を抜くとばれちゃうんです。


だから、もの凄くひどい番組だったと思ってる訳じゃないんですよ。


ある種の似たような方向性はあるんです。

27歳、五輪3度目のアスリートの番組を作るのに、

殆どの人がおんなじ質問を用意するはず。


でも、どういうスタンス・姿勢でその人にアプローチするか、で

番組の品性出ちゃいますもんね。




Qちゃんも結局尋ねてましたから。


「引き継いだっていう思いはありますか?」

「これから大きな決断をすることになりますけど・・・」 って。



それでも、ここまで存在感を大きくしたフィギュアスケート界の大スターが

「やる」「やらない」の言葉を発する重みを

よ~~く分かってくれているからこそ

「長い時間が必要で」「ゆっくり決めて欲しい」と言ってくれるところ。


さすが、一時代を築いたマラソン界の大スターだな、と嬉しくなりますたっ





ほいで、後はとにかく


毛 

ですよ、



ここだけをリピる




えぇ、変態ですから。


「毛派」とくに「胸毛派」としては、やっと解禁したかっ と

狂気乱舞 

酒池肉林

でありました。


ロストワールドではすね毛の処理してたじゃないの????


そんなことせんで、えーっちゅうにっ


その「毛」が好きなんですっ



因みにぷりけつも好きですが、腕筋の方がさらに好きです。

上腕二頭筋じゃありません。


ひじから下の筋肉ね、ポパイ筋。



これが(毛ね)、今回一番の「上物」でござました。



その後、同じく変態仲間のD友さんと

「お金が無くなったらあの胸毛を売ればいい」とか

「そしたら、毛からDNAとか取り出して(小保方さんに頼もうか、とか)

 クローン大ちゃん、ミニ大ちゃん作ってもらう」とか

「そのミニ大ちゃんで、お着替えして遊ぶ」とか


やりきれない「おばすん」

(うちの息子は侮蔑やら尊敬やら分からん言い方でおばさん、のことをお・ば・すん、と言う)

に成り下がった、

いや、成りあがったのでありました。



おわり