物語は自由だ。故に唯一の歴史とは、あなたの頭の中と、私の頭脳にのみしかあり得ない。宗教の歴史や宇宙の歴史や、太古より存在する如何なる不思議も、君と私の脳には敵わないのである。

わたしは空を眺めていた。そのときに思うのは薄く引かれた青色の天井と、それをまるで海底から見上げるよう船底。

そうして山との境界線などなど。さしずめ白い船艇のとどまる港が山の頂きか。ある日の事です。巨人がその山を跨いでやってきた。覗かせた顔には憎らしい笑いに一つ目の巨大な眼球、そうして森を食らったのか緑の肌に一本のツノを持つ。まるで鬼を思わせるギガンテスだった。彼はどこから来たのか、食べ物はなにか。生きているのか。さえもわからないただの風しょうに思えたが、歴史の中で彼を討ち滅ぼした英雄がいて一家を成したと言われている。鬼殺しは邪念を絶つものとして知られ、それは「断つもの」と「立つもの」と両立した。
これが三つの柱であって、その柱に陽の丸を納めて世界は生まれた。闇と影と陰に月と鏡を据え置いた。故に月は日野丸の輝きを反射して、未来永劫の時の流れを作り出そうということだ。

そうしてその流れに舟にのり、麗しき乙女に会いにいくそれは物語。かぐやはまっこと美しく、それは存在を滅ぼしかねない。なぜならば全てが欲して殺し合い、また種の保存さえも機能しなくなる。どんな薬か毒かも知れないが、それならば易しい方だと知るだろう。彼女はただ、美しすぎるだけなのである。

夜空に満月の月を見たとき美しさに感嘆をするだろう。ため息は喉を通り唇は開いてしまう。だがその月が陰り例え半月から三日月になってもさえ、その存在感と美しさに思わず主人を待つ子犬のようにお座りをして肩を正す。しかしそれさえも麗しき乙女の美しさを模倣しただけの鏡なのだから、如何に地球に存在する我ら文明人、知識人が知るものとは欲や闇に汚された道を歩いてるに若かず、せめてもの闇を照らしてくれる月の輝きに、人類とはまだ守られていると信じざるを得ない




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